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 *


 「これほんとにオーダーかよっ」

 手渡されたウェットスーツはきつくて、まったく足を通らない。

 なんとか足首まで突っ込んだところで、おばちゃんが乱入してきた。あわてて股間を隠して座り込む。


 「あの、あの、」

 「タカちゃん、ウェットスーツは水着の上に着るじゃんね」

 「は、はい! はい!」

 放っておいた水着を向こう向きで素早く履く。

 「どうら、」

 「あ、っす、大丈夫す、あの、」

 「タカちゃん、そこ腕だら」

 「あ、あ、」

 「タカちゃん、ファスナーが、うしろよ」

 「え? え?」


 波乗り、初っ端から障壁高すぎる…




 「いいじゃんね、似合ってる」


 パッツン気味じゃないかと思うウェットスーツに、おばちゃんは満足げだ。

 「ユウジがちっちゃいときにそっくりだら」

 「…だれすか?」

 ちなみにオレの親父はユウジじゃない。名前忘れたけどたしか最初に『た』がついた。

 「ほら、そこのポスターの、」

 「え?」


 おばちゃんは、レジ横の、そこだけ新しいポスターを得意げに指差した。


 真っ青な空を背景に、壁みたいな波でターンを決めてる、色黒マッチョなお兄さん。


 オレが…たぶん、一般人が想像するサーファーお手本みたいな。


 「わたしの、息子」

 「あ、おかぁさんの、」

 「そう、おかぁさんの、」

 「あ、ませんっ」

 あわてて口を閉じるけど、おばちゃんはクスクス、笑っいる。

 「いまは、オーストラリア」

 「はぁ、」

 「外国、」

 おばちゃんの得意そうな笑顔が、少しだけ、ほんの少しだけ、さびしそうだ。

 「ユウジが波乗りはじめたのも、暮れだったら」

 おばちゃんの目はポスターの向こうを見ている。けど、


 「がんばりな」


 その目がこちらに戻ってきたときには、その笑みは目から消えていた。口元だけ歯を見せて鋭くオレを見据える。


 「冬にはじめた子は、強くなる」


 新しいポスターのとなりに飾られてる、古い写真のなかでトロフィーを手に笑ういかにも努力家ぽい少年は、ちっともオレには似ていなかった。

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