スナックのママ
連喜
第1話 出前
俺は学生の時、夜、繁華街にある飲食店でバイトをしていた。酒も出るような、いわゆる居酒屋みたいなところだ。その店は出前もやっていて、よくラーメンなんかを配達しに行っていた。その店は、出前は片手間にやっているから、ちゃんとした岡持ちがあるわけじゃなくて、お盆に乗せて運んでいた。
配達先はスナックや風俗店。お客じゃなくて、店員さんが頼む。接客前に小腹が空いてということだと思う。昔は今みたいにどこにでもコンビニがなかったから、すぐ食べられるものと言ったら、カップ麺くらいしかなかったのかもしれない。細かく言えば、スーパーまで行けば弁当くらいは売ってただろうけど。
風俗の店に出前に行った時は、開店した直後なのに、お客がいてハラハラした時もあった。別の店では、お客がいない時、トップレスのお姉さんを見たこともあった。若くてきれいな人だった。スレンダーでイベントコンパニオンの人みたいな感じ。ラッキーだったと思う。今もその時の瞬間を覚えているくらいだ。
一番多い得意先はスナック。一言でスナックと言っても色々な店がある、ママが一人のところ、きれいな若い女の子が何人もいるところ。普通は後者を好きな人が多いと思うけど、俺はある店に心惹かれていた。そこは、小柄なおばさんが一人でやっている店だった。ちょっと水商売の人には見えない感じの人で、60歳くらいの女性だった。流行ってないのかカウンターにママが一人だけ。こじんまりしていて、居心地がよさそうだった。その人自体も物静かな感じで、おおよそ客商売に向いていなそうだった。客がいたことがないから、客層は想像がつかない。スナックに行く客というのは、お店の雰囲気が好きで行くか、目当ての子がいるかのどちらかだろうから、落ち着いた感じで飲みたい人が行ってたのだろう。
俺は何故かその寂れた感じの店が好きだった。ソシアルビルというスナックばっかり入っている、古い建物の中にあった。本当に狭くて、カウンターだけの店。
そのお店のママは、俺には特に話しかけなかった。愛想のいいママだと、「大学生?」とか、「バイト終わったら飲みに来れば?」なんて言われることもあったけど、その人はお金を渡して器を受け取るだけ。今思うと、誘って来るママは愛想がいいんじゃなくて、大学生でも客に取り込もうというだけだったろう。
昔だから、出前の時は、お店の食器を普通に使ってた。寿司屋とかなら今もそうだろうか?俺は出前を取らないからわからない。食べた後の食器は、店の外に洗って置いておいて、翌日、店がそれを回収に行くものだった。その時は普通声を掛けない。
それなのに、俺は間違ってあの店のドアを開けてしまった。ボーっとしてたのかもしれないし、話すきっかけが欲しかったのかもしれない。ドアを開けると、ママがいた。それに、隣に髪の長い若い女の人もいた。ママと似た雰囲気で、影が薄い感じ。それが店の雰囲気と合っていた。
あ、やばい。気まずい・・・。
「こんばんは」
俺は軽く会釈して挨拶した。
「食器下げに来ました」
「あ、そう。暑いのに悪いね。ありがとう。今日は忙しいの?」
「いえ、そうでもないです」
「よかったら、冷たいもの飲んでいかない?」
「え、いいんですか?」
「仕事中に引き止めちゃ悪いけど」
「いえ、全然」
俺は図々しく、カウンターに座った。座り心地の悪い、回転する赤いクッションつきの椅子。
「雰囲気のいい店ですね」
「ありがとう。大学生?」
「はい。夜働いてるんです。苦学生で」
俺は聞かれてもいないのに、自分から話し始める。
「あ、そうなの?偉いねえ」
「いえ。高卒より大卒の方が給料がいいから」
「じゃあ、好きなもの飲んでいいよ。お客さんのボトル飲んじゃってもいいよ。多分、もう来ないから」
「え、どうしてですか?」
「うちは年配の人が多いから、病気とかで来なくなっちゃうの」
「また来たりしないんですか?」
「どうかなぁ。電話番号知ってるけど、奥さんがいる人はかけずらいし」
「え、でも。俺、仕事中なんで、酒はちょっと・・・」
「じゃあ、サイダーとかにする?」
「はい」
俺はサイダーをもらった。かっこ悪いけど、もともと酒に弱い体質なんだ。コップに注いでもらっていて、まるで子どもみたいだなと思った。
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