6-CHAPTER3
「提案、ですか」
ミルフィは顔からハンカチを離して、ヴァルダスを改めて見つめた。もう息は落ち着いたが、顔はまだ赤い。その顔色を見て、ヴァルダスは少し待て、と言って立ち上がると、
「直ぐそばに小川があるから、水を汲んでくる」
そう言うと鞄から水筒を出して、そちらに歩いて行った。ミルフィは後にした拠点の方向に目をやる。此処からはもう見えないけれど、あの場にいた兵士たちはヴァルダスに斬られて倒れているのだろうか。そしてそれを自分が刺したあの男が見下ろしているところを想像した。
これからはこういうことが続くのかな。旅って何だろうな。
そんなことを考えていると、うなじがひやっとなって、ミルフィはわっと声を上げた。ヴァルダスが水筒をミルフィの肌に当てたのだった。
「ほら、水だ」
「あ、ありがとうございます」
「あら」
ヴァルダスも水を飲んだのであろう、口の周りがびしょびしょとしている。ミルフィは水筒の蓋を回す前に、ヴァルダスの口元に手を伸ばした。びくっとしたヴァルダスにそのまま視線を合わせたまま、裏返したハンカチで口元を拭う。
されるがままのヴァルダスに微笑み、ミルフィは水筒から水を飲んだ。ヴァルダスは黙っていた。
「美味しい」
ミルフィはその水がいつもの味とは違う気がして感慨深そうに言い、暑いのだろう、マントを外そうとしていたヴァルダスに声をかけた。
「それで、提案というのは」
「あ、ああ」
我に返ったヴァルダスが少し黙って、それからミルフィをしっかり見て口を開いた。
「愛称で呼ばないか」
ミルフィは目を丸くした。
「愛称ですか」
うむ、とヴァルダスは頷く。
「今回はばらばらに動いたが、同時に動くことも多々あるだろう」
「はい」
「その際、愛称で呼んだ方が手っ取り早いと思うのだ」
「なるほど」
「ええと、ではどう呼びますか」
ヴァルダスはマントを握り、ためらいがちに言った。
「ミルフィ」
はい、と、ミルフィはしっかり、ヴァルダスを見つめた。
「ミル、はどうだ」
ミルフィはどきん、とした。
このひとに名前を呼ばれるのなら、愛称だろうが何だろうが、自分はどうしても反応してしまうのだろうか。
「はい」
ミルフィは鼓動を抑えながら、にっこりした。少し考えて、
「ではわたしはヴァルさんで良いですか」
と言った。
咄嗟にほかに思い付かなかった。しかしそれはとても良いものに思えた。
「それでよい」
「俺は今のままでも構わないのだがね」
愛称を決めようと言いながら、自分は不要とはどういうことだろう。ヴァルダスの言葉にミルフィは不思議に思ったが、
「ではそうしましょう、ヴァルさん」
と改めて呼んだ。
ヴァルダスはマントを乱雑に丸めながら、おお、とミルフィを良く見ないまま返事をした。
実は自分がどう呼ばれるかはともかく、ヴァルダスはミルフィを愛称で呼びたかったのである。しかし自分が愛称で呼ばれるのも悪くなかった。ヴァルダスはマントを無駄に回した。
ヴァルダスに初めて出会ったときから考えると、彼から愛称で呼ばれる日が来るなんて。ミルフィは想像もしていなかった。思わず、ふふ、と笑って、足を伸ばした。
「お前にしてはたくさん走ったろう」
その様子に、ぐるぐるとしたマントから顔を上げたヴァルダスが言う。ミルフィは苦笑した。
「速さには自信がありましたが、正直こんなに走り続けるとは思いませんでした」
「苦しかったけど、もう大丈夫です」
そう言いながら、自分のブーツの先を見た。足先は熱く、少しじんじんしている。
「街に着いたら少しゆっくりしよう」
ヴァルダスの言葉に、ミルフィはどくりとしたが、直ぐに嬉しくなった。
新しい街、ヴァルダスと一緒に。ミルフィは、はい、と元気に返事をした。
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