5-CHAPTER3

「違う、こうひねるように持つのだ」


 ミルフィはヴァルダスと向き合って、手にしたダガーの持ち方と角度から教えられていた。ヴァルダスの剣は既に芝の上に置かれている。


「良いか、こう持つことで手を振った時に素早く、的確に相手を攻撃できる」


 いわゆる逆手というものである。敵に向かい合ったことがないため、ミルフィにはいまいちイメージが湧かない。

 ヴァルダスがミルフィに見せるように肘から下を振って見せた。


「こうだ、それをダガーを握って同じようにやってみろ」


 こうですか、と振ってみる。


「悪くない」

「その振り方を頭に入れた上で、敵を狙う必要がある」

「その相手のいる位置や身体の大きさ、急所の位置を瞬時に把握せねばならぬのだ」

「そして初めて、殺り方が決まる」


 やりかたって何だろうと思った瞬間、良いか、と言ってヴァルダスがミルフィの目の前に来たので、慌ててダガーを引っ込めようとしたが間に合わず、しかしそれはヴァルダスの鎧の腹部にかちん、と小さな音を立てただけであった。


「あっ!」


「ダガーは正面から向かって相手に刺しても、こうして鎧に弾かれてしまう」

「まあ適当な服を着ただけの盗賊どもには効くかも知れぬが」

「まずは鎧を着ている者を対象に考える」

「着ていぬ者は後からでもよい」


「わ、分かりました」


 分かったと言っても、実際はへっぴり越しで立っているだけだった。ヴァルダスはミルフィのそのような様子を気にせず続ける。


「ダガーはこのような、鎧と鎧の間に差し込むことが出来れば一番良いが」


 ヴァルダスは自分の鎧の、肩と腕の可動部にある隙間を指差した。


「それは経験と余裕がなければなかなか難しいことであろう」

「だからまずは相手の急所を狙え」

「心臓は言うまでもないが」

「例えば首だ」

 

 そう言ってヴァルダスがミルフィの目の前に屈み、ミルフィの首をグローブの片手で真横にとん、と打った。ヴァルダスがふいに触れて来たのにどくりとしてしまって、また変な汗が流れる。


「此処には動脈が流れているから」

「斬られて平気な者はまずいないだろう」

「斬るか刺すか、そこを判断する必要はあるが」

「その逆手の場合は、斬る」

「そこらの兵士なら、大したものはあてがっていないので、攻撃しやすいはずだ」

「く、首ですね」


 手を自分の膝に戻してから、ヴァルダスは続ける。


「首と付く場所はほぼ急所と言ってよい」

「手首、足首もそうだ」

「覚えておくのだぞ」

 

 ミルフィには鎧の隙間も首の位置も同じように難しく思われ、やはりいまいちぴんと来ない。しかし今後はやる必要があるのだ。ミルフィはダガーを握りしめる。


「あとは力加減だが、まあ何とかなるだろう」

「今のところお前ひとりで戦うことはないだろうし」

「習うより慣れろ、だ」


 すくっと立って、ヴァルダスが向こうを向いた。


「俺が敵だとして、何か攻撃してみろ」

「え、でも」


 ミルフィは慌ててヴァルダスを見上げる。


「俺は鎧を着ているからお前のダガーは何ともない」

「体格差もあるしな」

「さっきも言ったように鎧ではなく」

「俺の首を狙え」


 ミルフィは目を見開いた。ヴァルダスは、体毛に近いふさふさのマントを付けており、それは襟元まであるマフラーとつながっている。


「ヴァルダスさん」

「何だ」

「ヴァルダスさんの首が見えません」


 ヴァルダスは言った。


「誰もが首を晒しているわけなかろう」

「ほんとうに斬れとは言わない」

「まずは此処に当ててみろ」


 ヴァルダスは背中を見せたまま、あらためて自分の首辺りを指差した。

 

 しかしヴァルダスが言ったように、ふたりの体格差が大きい。ミルフィは焦ったが、ヴァルダスが何も言わないので、だめもとでやることにした。

 ミルフィは辺りを確認するとその場から右に駆け、そこに置かれていた自分の膝ほどもあるヴァルダスの大きな鞄の前で土を蹴り、そのままそれに乗り上げて跳んだ。そして、ヴァルダスの首があると思われるふさふさに向かってダガーを振った。

 それはヴァルダスの襟元まであったが、そこから毛がちらちらと落ちた。

 斬れた! とミルフィは思ったが、そのあとがいけなかった。自分だけで着地するにはヴァルダスの背丈はあまりにも高く、咄嗟にマントを掴んでしまった。

 うっという声が聴こえて、ヴァルダスは若干反ったように見えたが、それから直ぐに振り返りマントから手を離していたことで大きくバランスを崩したミルフィを抱えると、地面に降ろした。

 ヴァルダスは肩を手で払い、ずれてしまったマフラーを直しながら言った。


「きちんと斬れたのは良かった」

「正直、驚いた」

「しかし、俺のマントを引っ張ってくるとは思わなかった」


「ごめんなさい……」


 ミルフィはぎゅうと瞳を閉じて、マフラーの毛が付いたダガーを握った。

 しかし、とヴァルダスは続けた。


「このように相手が棒立ちでなお後ろ向き、という条件は少ないかも知れぬが」

「相手の体格、高低差を考えれば今回のお前のように斬り払うのが速いだろう」


 ヴァルダスは顎に手を当てた。


「いや、お前のあの動きであれば、首を刺すことが出来たかも知れぬ」


 ヴァルダスが珍しく興奮気味なので、目を開けてヴァルダスを見上げていたミルフィは、良く分からないが上手くいったのだと思った。


「一撃で相手を殺すことが出来れば一番良いが、ひとまずは今回のように急所を狙えばよい」

「しかし此処まで飲み込みが速いとはな」

「直ぐに戦えるようになるだろう」


 ヴァルダスが明るい声で矢継ぎ早に言うので、ミルフィはおろおろした。


「わ、わたし何が出来たのかも分かりません」

「とにかく動かなくてはと思って」

 

 すると、ヴァルダスが強い口調で言った。


「それが大切なのだ」

「相手を前にいちいち考えていては身体は動かぬ」

「しかし判断はせねばならない」


 ヴァルダスは今しがたミルフィが踏み台にした自分の鞄を指差した。


「お前はそれが出来た」

「な、なるほど」


 相変わらず話の半分も分からなかったが、頷いた。


「お前、先ほどのように考え過ぎる奴だと思いきや」

「戦闘では咄嗟に頭の中が空になるのだな」

「実に面白い」


 褒められているのかいないのか、ミルフィは分かりかねたが言った。


「ヴァルダスさんも戦いの先生になると、色々と話してくださいますね」

「とても嬉しくなります」


 にこやかなミルフィを見て、ヴァルダスは少し恥ずかしくなった。


「そんなに饒舌だったか」


 はい、とミルフィは笑った。


「もっと頑張りたくなります」


 その言葉にヴァルダスは尾がぴん! とした。目線を逸らしながら続けた。


「相手が刃向かってきたら、その時はその時」

「お前なら対処出来るだろう」

「やめてくださいね」


 ミルフィの言葉に見下ろした。


「敵からの反撃への対処は、ヴァルダスさんがやってくださいね」

「絶対ですよ」

「離れたりしないでくださいね」


 必死に言うミルフィに、ヴァルダスはマントの下で密かに尾を振った。


「大丈夫だ」

「傍にいるから」


 ミルフィは心からほっとし、そして嬉しくなった。

 しかし、次のヴァルダスの言葉に、真顔になった。


「だが返り血は覚悟しろよ」

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