5-CHAPTER2

 ヴァルダスが数歩前を歩いている。尾もぴんとし、張り切っているように見える。

 ミルフィは少しずつ、ヴァルダスが見た目よりずっと優しいのではないか、と今更ながら考えていた。レインコートの話が頭をよぎっている。ヴァルダスさんはずっと前から此処にいると思っていたけれど、違うのだろうか。

 それから、どうして自分と一緒に旅をすることを決めたのか、改めて訊いてみようとミルフィは思った。


「ヴァルダスさん」


 何だ、とヴァルダスは直ぐに振り向いた。ミルフィはこわごわ尋ねた。


「ヴァルダスさんがわたしと一緒に旅をすると決めてくださったのは」

「やはりわたしが死にそうだったからですか」


 端的な表現になってしまい、ミルフィは自分でも失敗したと思った。


「何の話をしている」


 想像通り怪訝な顔をして、ヴァルダスは立ち止まった。

 ああ、ええと、とミルフィが目を逸らすと、


「……言っただろう」

「俺は斥候を使うという新しい戦い方を試したかったのだ」


と言い、前を向いてしまった。ミルフィはがっくりした。


「そうですよね」


 小声で言った。ヴァルダスが今度は尋ねた。


「お前は」

「何故、俺との旅を決めたのだ」


 ミルフィは弾かれたように顔を上げた。


「あの晩、たまたま俺が助けたからか」

「お前が別の場所で別の誰かに会っていれば」

「違ったのかも知れぬな」


 ヴァルダスは背中を向けたままだったから、その表情は見えなかったのだが、ミルフィはその冷たい言い草に困惑して、つい口を開いた。


「新しい戦い方だけを求めるのなら、街にでも行って」

「条件に見合ったひとを探せば良いじゃないですか」


 ヴァルダスが足を止めた。そして静かに言った。


「お前だってその薬の腕があるなら」

「何も俺と一緒に旅をする理由などないだろう」


 沈黙が流れる。


「わたしは——」


 手のひらを強く握る。


「わたしは」

「あの晩にヴァルダスさんに出会ったこと」

「偶然だなんて思っていません」

「薬だって、ヴァルダスさんのために作りたいです」 

 

 何故こんなことをわざわざ言ってしまったのだろう。ミルフィは目を伏せた。

 ヴァルダスが彼の意思で自分を選んだと思いたくて、安心したかったのかも知れない。それが新しい戦法の手段を得ると言う目的ではなく。

 最初は軽い気持ちで訊いたのに、何だか重い空気が流れてしまった。


「ごめんなさい、変なことを訊いて」

「忘れてください、あ、でも」

「わたしがお役に立てなかったら、ほんとうに直ぐに言ってくださいね」


 取り繕うように言って顔を上げると、ヴァルダスは振り返るとしっかりミルフィを見て、


「一体どうしたのだ」


と心配そうに言った。


「アメネコが何か言ったのか」


 ミルフィは首を振った。


「違うんです、レインさんは関係ないんです」

「わたしが」

「……」


「何だ、どうした」


 尚も心配そうにヴァルダスが言い、ミルフィの前に屈んだ。


「急に不安になってしまったんです」

「ヴァルダスさんと一緒に歩いていけるのか、自信がないんです」

「わたしは薬を作ることしか出来ません」

「それだけしかないのです」


 わたしを優秀だと言ってくれたけれど、やはりそんなことはない、ないのですよ、ローズおばあさま。世界を歩くためには、お薬の力だけでは駄目なのでしょうか。


「ヴァルダスさんは何でも持っておられます」

「ずっとおひとりで旅を続けてこられたのですから」

「けれど、わたしは」


 ヴァルダスは黙ってこっちを見ている。


「つまりはええ、と」

「薬を作ること以外に、わたしに斥候の力がなければ」

「ヴァルダスさんがわたしと同行を決めた理由がなくなりますから、重荷になるだけでしょう」

「だから」

 

 ヴァルダスはため息を付いて立ち上がった。

「何を言って来るのかと思えば」


 え、と顔を上げると、困ったようにミルフィを見下ろす顔が目の前にある。


「喧嘩を売っているのかと思ったぞ」


「えっ」


 ミルフィは思わず困惑した声を出した。


「何を考えたかは知らぬが、ほんとうに嫌であれば共に過ごそうとは思わぬ」

「お前の前で剣を振る必要もなかったろう」

「全く、ややこしい勘ぐりを入れるものだ」


 勘ぐり? とミルフィは首を傾げる。


「なるほど」

「お前は余計なことを考える癖があるのだな」

「まあ、俺の言葉も悪かったか」


 そう言ってまた前を歩いてゆく。


「待ってください、癖って何ですか」


 慌てて訊いたがヴァルダスは答えない。


 すると直ぐに、青々とした芝の生い茂る、広場に出た。


「見晴らしが良い割に辺りは森だから直ぐに隠れることも出来る」

「此処が最適だと思うぞ」


 ヴァルダスはその場に自分の鞄をどさり、と置いた。


「何がです」


 ミルフィは目を白黒させた。ヴァルダスは呆れたように言う。


「重荷にはなりたくないと、今しがた言ったではないか」

「お前はもう少し自信を持つ必要がある」


「自信、ですか」


「お前は確かに軽快に動くことが出来るようだし、隠密も得意かも知れない」

「しかし武器を持っていた相手と鉢合わせしたらどうする」


 武器、ミルフィは思い起こす。確かに幼い頃わたしを追いかけていた者たちは武器は持っていなかった。恐らくだけれど。

 そもそも武器なる物騒なものを、此処に来るまで見たことがなかったのは事実だ。手にしているこのダガーを除いては。


「その際、俺が傍にいるとも限らぬ」

「どのような状況も想定するのだ」


 ヴァルダスは自分の首の後ろを右手で指差した。


「唐突な、特に背後からの攻撃は相手の態勢を崩す」

「つまりは、そのダガーを使う」


 ミルフィは鞄からキャメルの革を取り出し、見つめる。


「これですね」


 そうだ、とヴァルダスは頷いた。


「俺の戦いにおける斥候とは、偵察だけではなく暗殺も伴う」

「斥候というより暗殺者に近いかも知れぬな」


「暗殺者ですって」


 ミルフィは驚きのあまり自分の身体が揺れて、ダガーを放り投げそうになった。ヴァルダスは表情を変えないままミルフィを見る。


「お前が俺のと旅に不安にならないようにも」

「これからそれで戦う特訓をするのだよ」


 ヴァルダスはミルフィの手にあるダガーに視線を落とした。


「戦うことが出来るようになれば」

「自信にもつながってゆくであろう」


 それからヴァルダスは自分の大剣を背中の鞘から抜き、真横にどん! と突き立てた。


「お前が俺のために薬を作ってくれると言うのなら」

「俺も一切気を抜かぬぞ」

「敵との戦いにも、もちろん特訓にもだ」


 何だか良く分からないが、ヴァルダスの気合いがびしりと立っている尾と、胸を張った様子からよく分かる。


「さあ、やるぞ」


「は、はい」


 あわあわとダガーを両手に持って立ち上がると、ミルフィからは既に変な汗が出てきた。

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