4-CHAPTER2
未だ果実の香りがするヴァルダスが言った。
「此処から先は森になる」
「見通しも悪くなるから気を付けるのだぞ」
「分かりました」
日が暮れ始めた。ヴァルダスのブーツが土を踏み締める音をすぐ隣で聴いていても、ミルフィは不安になった。
キィキィ
鳥なのか何なのか、鳴き声がする。
ぱさぱさ…
何かが飛び回る音がミルフィを囲んでいるように思える。ミルフィは直ぐに落ち着かなくなり、心なしかヴァルダスにくっ付いて、辺りを敢えて見ないようにした。
木々に囲まれた獣道、の筈だが、足元が薄暗いために良く見えない。また突然岩につまづいたらどうしよう。ミルフィはそれにも心配した。
辺りの木々はゆらゆら、ゆれているようにも見えるし、ずうんと動かないままそこにある気もする。今までこのような場所に足を踏み入れたことがなかったミルフィには、周りの風景は恐怖でしかなかった。
段々と強く自分に張り付いて来るミルフィに気が付いて、ヴァルダスはいつものように見下ろした。
「恐ろしいのか」
ミルフィはこくこくと頷く。
ヴァルダスは辺りを見回した。それはいままでひとりで歩いていた時と何ら変わっていなかったが、ミルフィの様子にふむ、と呟いた。そして言った。
「もう少し進めば、あかるい場所に出る」
あかるい…とミルフィは蚊の鳴くような声を出した。
そこに到着したのだが、とても明るいようには感じられない。相変わらず手元すら良く見えなかった。
「今夜は此処で眠る」
ミルフィは耳を疑った。
旅人の生活にふかふかのベッドを期待していたわけではもちろんないが、このような真っ暗な森のなかで? ミルフィは昼間の洞窟に戻りたくなった。此処よりは幾分もましであっただろう。
そんなミルフィをよそに、ヴァルダスは自分の鞄から、柔らかいシートのようなものを出して広げた。
「これを敷く」
「枕はないがな」
シートを見て固まっているミルフィに、ヴァルダスは場を明るくするために言ってみたのだが、ミルフィが尚も口を開かないのでヴァルダスは先に横になった。
「何と言うことはない」
ほら、と言うようにヴァルダスは自分の目の前の空間をべしべし叩いた。
「ふたりで寝転がるとは思っていなかったから」
「次にアメネコに会ったら、もう少し大きいものを買うか」
ミルフィは更に動けなくなった。ヴァルダスさんの真横に寝る? そんなの、別の意味で眠れるわけがない。
しかしずっと棒立ちになっていても仕方がないので、ミルフィはブーツを脱ぐと、そろりとシートに足を下ろした。見た目よりもそのシートが柔らかかったので、ミルフィは驚いてしまった。シートと言うより絨毯に近い。
これなら確かに眠ることが出来るかも知れない。しかし、ヴァルダスが隣に眠るのでは目は冴える一方だろう。ミルフィは正座をしてヴァルダスの顔を見下ろしていたが、既に緊張していた。
「安心しろ」
ヴァルダスの声にびくりとした。
「お前が眠っている間は、俺が起きているから」
えっ、とミルフィが思わず声を上げると、ヴァルダスは答えた。
「狼なのもあってか、元来睡眠は少なくて済むのでな」
そう言ってヴァルダスは起き上がると、深い闇の向こうを見た。
「そして辺りが暗くとも、俺の目は良く見えるのだ」
その言葉を聞いて、ミルフィは正座を崩してみた。しっかりと腰を下ろすと思った以上に身体が軽くなり、ミルフィは急に眠気を感じて来た。
ヴァルダスが静かに言った。
「今日は色々なことがあったから疲れたろう」
「ぐっすり眠るとよい」
ミルフィは、見張りを任せてしまって、とかごめんなさい、とか何とかそのようなことを言っていたが、倒れるように横になると、直ぐに寝息を立て始めた。
ヴァルダスは背中から聴こえる寝息を、耳をぴんと立てたまましばらく聴いていたが、そろりと振り向いた。やはり純粋無垢な娘にしか見えない。またも自分を全く警戒していないことに閉口したが、よもや男として見られていないのかも知れない。ううむ、とヴァルダスは何とも言えない顔をして、また前を向いた。
ミルフィはすやすやと眠っている。
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