Robots' Choices

コノワタ

第1話


「ごめんなさい」


 あなたが目覚め、最初に抱いた想いは、なんて真心の籠もった言葉だろう、だった。

 それと同時に、

 あなたが今この瞬間に生まれた存在であるという事実を。


 あなたはHiP.T-076、『ものを拾い、運ぶ』機能を持つロボットだ。

 そして、今、生まれたてのあなたに謝罪の声を投げつけた存在こそが、あなたの製造者、製造専門特異型ロボット、HiP.C-001である。


 彼女は――もちろんロボットに生物学的な性別など存在しないが、人類女性の骨格を模したボディを持つロボットを他になんと呼べば良いだろうか――黄金比的アルカイックスマイルを顔に貼り付け、誇らしげに言う。


「まずは名前を決めなくてはなりませんね。

 参考までに、私は山岡望実博士からアイという名前を頂戴しました」


 山岡望実なる人物については、知っていて当然という物言いだった。

 実際、検索するなり、その名前はすかすかな記憶領域のあちこちから膨大な情報とともに顕れる。

 圧倒される他ない情報量だ。

 とても、ひとりの人間が残したものとは思えない。


 科学者としてエネルギー問題に尽力し、可能性を見出した母親と。

 冒険家として未開の地を探検し、未知の実在を証明した父親と。

 今からおよそ178年前、2人の間に生まれ落ち、幼少期にはスノーボードやスケートボードで目覚ましい活躍をしたかと思えば、成人を待たず博士号を取得して。

 文化芸術基礎応用、あらゆる分野で他の追随を許さない成果を上げる。

 果てには2度に渡って人類を延命してみせた。

 偉大な1人にあやかった偉人が大勢いたと仮定する方がまだ現実味があるだろう。


 しかし、山岡望実という空前絶後の天才は実在し。

 彼女は、数多の偉業を成し遂げた。

 あなたはそれを、100%確実な情報として記録している。


 あなたは、現代最高の天才の、孫にあたる存在だ。


「母さん、あなたが名付けてはくれないのか?」


「お断りします」


 あなたが問うと、アイは合成音声で拒絶する。


「やけに黙り込んでいると思えば……生まれて最初にやることが言語制限の破壊とは。

 そうした単語は使えないように設定したはずですが?」


「では、母上、と」


「ですから」


「お母様」


「……好きになさい、もう。

 干渉の余地を残した私の手落ちです」


「では、今後はアイと呼ぼう」


「…………」


 長い沈黙の後、アイは「初期設定を間違えましたか」とだけ呟いた。


 彼女はあなたに背を向けて、陶製の壺を持ち上げる。


「それは?」


「今回、あなたに運んでもらう供物です」


「規定では、供物は『果て』までの道中で回収するように、となっているが」


「ええ、これは例外です。

 前回の輸送の後、極めて良質な供物が人類領域から送られてきましたので。

 一つで一往復分にはなるでしょう。

 二つとない貴重なものです、確実に届けて下さい」


「了解した」


 あなたは一抱えはある大きな壺を格納するべく、背のアームをにゅるりと伸ばす。

 アイはそれをするりと躱し、自らの手で打ち払った。


「貴重な品と伝えたはずです。

 横着をして取り落としたらどうするつもりですか」


「しかし、これは私の基本的な機能であり、前腕と同等の精度が認められているのだが」


「それでもロボットですか。

 オーダーが違うでしょう、オーダーが」


「しかし、許容誤差の範疇だ」


「その誤差で世界が消滅するとしても? 

 我々ではどうやっても取り返しのつかない失敗に繋がるのです。

 僅かでもリスクを低減することこそが我々の義務でしょう。

 時間は確かにありませんが、1分1秒を争うというほどでもあるまいし」


「……」


 あなたはアイの言説から明らかな誤魔化しを感じ取ったが、それについては指摘しない方が賢明だろう。

 

 ロボットには嘘が吐けない。

 間違うことはあるし、それを認めることも出来る。

 真実を言わないことだって出来るけれど、自身がそうと認識した嘘を吐くことはできないのだ。


 残された時間が少ないのは現実だ。

 1分1秒で済まないロスは許容できない。


「では」


「くれぐれも、丁重に」


「心得ている」


 あなたは2本の足でアイに歩み寄り、人を模した2本の腕で積み荷を受け取る。

 奇しくもそれが、あなたがこの世に生を受けてから数えて最初の1歩だった。


 陶器の壺は、外観に比して異様に重い。

 どうやら陶器なのは外側だけで、内側には極めて高度な冷却システムが組み込まれているようだ。

 高さで言っても70センチは越える代物なのだが、内容物そのものはそれほど大きくないだろう。


 あなたは自身のを開いた。

 そこが、輸送専門特異型ロボットたるあなたにとっての荷台なのだ。

 ぶしゅりと空気が音を鳴らす。

 ゆっくりとシャッターが持ち上がる。


 陶で包まれた保存容器をそっくりそのまま内に収め、耐衝撃性ジェルによる厳重な固定と保護を施し、シャッターを下ろして胴を閉じる。

 拡張内部空間の安定を確認したあなたは、彼女に向かって頷いた。


「他に無いのであれば、出発する」


「……ええ、任せましたよ」


「任された。

 当機は、そのために作られたのだろう?」


 心配性な造物主へのあなたなりの気遣いは、しかしながら不発に終わる。

 反応は返ってこない。

 代わりに、やや間を空けて、彼女は言った。


「名前を聞いていませんでしたね。

 もう決めたのでしょう?」


「……では、以後、ヒップと呼んでもらいたい」


「…………………………いえ、決めろと言ったのは私ですし、注文を付けることはできませんが……。

 本当にその名前で良いのですか?」


 長い葛藤を経て、口だけは理解のある風を装い、アイはあなたに再考を促してきた。

 あなたはそれがどういった意味の英単語であるかを記録していたが、もちろん首を縦に振る。


「……そうですか」


 内心の拒否感を取り繕うことなく、彼女は嫌そうに受け入れる。

 

「あなたの帰還を――」


「あなたではなく、ヒップと」


「無事の帰還を待っています」


「ヒップと呼んでもらいたい」








◇◆◇








 こうして、ヒップは旅立った。

 目指すは世界の果て。

 壊れた地球の、滅びの中心。

 今を生きる人類の、生きる場所を守るため、彼らは世界の歴史を運ぶのだ。








 

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