カクリシへ―村部異界忌奇譚―
小宮雪末
馬鹿なことをしたと思いました
――
なんでこんな目になんでこんな目に、なんで。
漏れそうになる悲鳴を、少年はぶれる手で強く抑え込み息を殺す。
散らかった一人部屋を照らすペンダントライトはぷつぷつと光を途切れさせ、その音がうるさいほどに、彼が篭っている押し入れの中にまで聞こえていた。
確かにこの外にいる。呼んではならなかった者が。
静まりかえる度に気を抜かぬよう、心で「まだいる」と彼は自分に言い聞かせる。そして暫くするとそれを嘲笑うかのように壁や天井が叩かれ踏み鳴らされた。
もうこの場所にも気づかれているかもしれない。
それでもそれを認めてしまえば正気を保てなくなってしまいそうで、彼は泣きながらそっと折りたたみ式の携帯電話を開いた。
あのひとなら何とかしてくれるかもしれない。
こんな馬鹿なことを提案してきた奴らとは違って、真剣に怒ってくれたあのひと――。
『たすけて今家部屋から出れない』
メールを送信するアニメーションが流れる。それすら長く感じたのかそわそわと落ち着きなく指で画面を擦る。
押し入れの外では相変わらず、ぽそぽそと何かがひとしきり話し、家中のドアや窓を開け閉めして暴れ回っている音がする。そしてまた少年のいる近くへ戻ってくるのを繰り返し、携帯はその騒音が激しい時に
――ヴ!
と一つ振動した。
ヒッと悲鳴が出るのを抑えて耳をすませる。まだ外ではアレが暴れている。手の中でした音にアレは気づかなかったようだ。
恐る恐る画面を見る。
『お前んちどこ?今から行く』
すぐさま住所と目印になる建物、そして近くの友人の家までを入力、送信する。
パチンと携帯電話を畳む。
まずは一安心だ。彼は思う。
誰かしらが来てくれれば何とかなるかもしれない。そういえば今は何時だろう。
緊張が和らいだ脳内で面白いほど色んなことが頭に浮かび、もう怖いものなど彼にはなかった。
パチン。
「……」
何も考えずに再び開いた携帯電話は、はっきりとした手応えを手のひらに伝え、大きな音は空気にとけた。
しんと静まり返っている。
いつから?
さり、と紙を撫でるような音がする。
襖だ。目の前の襖が撫でられている。
かたかたとその度に襖が揺れて音を立てる。
ざっと急速に顔が冷えた彼は、暗がりの中徐々に叩くような音にそれが変わっていくのを、ただただ首を横に振って泣きながら見る。するりするりと襖が滑る音につられて視線が動く。隣の襖からチカチカと漏れる明かりが広がり、布団の山の影に隠れるように縮こまる。
終われ、おわれ、おわれ。
――すたん
襖はほどなくして呆気なく閉められた。
助かった。
まだ震えが止まらない。信じられない思いで、握りしめたままだった携帯の画面を見ると、もう一件メールが届いていた。
キーを押すべく開く手は強ばってぎこちない。
彼はふう、と息を整え……その間にカチリと決定ボタンが押された。
彼の両手は開いたままだ。
じゃあこの指は誰のだ。
誰が今、ボタンを押した?
携帯が滑り落ちる。サーフボードのモチーフが付いたストラップを下敷きにして、がちん、ごとりと音を立てる。
チカ、チカ、チカ。
襖の外では、力なく明滅していた照明が微かに揺れていた。家具から伸びた影がその襖の表面で踊る。やがてバリンと蛍光灯が割れる音が響くと、どっぷりとした暗さに部屋は包まれた。
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