第6話 それは、人生という旅のはじまり
治癒とは何か?
病気や身体の外傷等が完全に治ること。
人間の身体はある程度までであれば、自浄作用であったり細胞の働きによって自らの身体を自己修復する。
そう、ある程度までは。
治癒魔術とはその名の持つ意味の通り、治癒する。
完全に。
腕が無くなろうとも、不治の病にかかろうとも、人間の自己修復力を超えて。
主に医者が使う活性魔術は、人体が持つ自己修復力を高めるのみだ。
つまるところ、生命力が少し強くなり治りが少し早くなるだけ。
全てはその人の生命力のポテンシャルによって結果が分かたれる。
それらを無視し、完全に修復してしまう奇跡。
それが治癒魔術だ。
この奇跡は王国聖教会の教主にのみ継承され、尚且つ、現代においては魔術の行使を行われた実績が存在しない。
この奇跡には1つ問題があった。
それは、術を行使した人間の生命力を著しく損なうこと。
厳密に言えばこの術は奇跡ではない。
単純な話なのだ。
その人だけでは足りない生命力を、術の行使者が補うだけ。
不治の病を治すために、無くした腕を生やすのにはどれだけの生命力が必要なのか?
恐らくそんなことをすれば術者は生命力の全てを吸いとられてしまう。
故に奇跡の
あくまでもこれは、教主の証としてのものであり、使われるものではない。
この禁忌に触れるために、活性魔術から辿って研究を行ったとしても、到底辿り着かない。この異質な構成の術式は完全に秘匿され、教主のみが知る世界で唯一のモノ。
魔術は万能だが全能ではない。
あくまでも自然現象や、道理に叶う現象を再現するもの。
それが例えどんなに突拍子もないものだとしても、過去、または未来に存在した、しうる科学と言っても良い。
「充分に発達した科学は魔法と見分けがつかない」のだ。
──────
アイナさんが治癒魔術を扱えるって…。
これは、相当な事件ではないか?
王国聖教会の教主だけが行使可能な奇跡。
そもそも、それがあるから教会は権威を持っていると言っても過言ではない。
そんなものをこの女性が…?
「アイナさん、それを知っているのは今、私達以外には誰が?」
師匠が真剣な眼差しで問う。
「はい。私を逃してくれた方と…その国の一番偉い人…のハズです。その、多分一番偉い人は、最初は私の姿を見て凄く怒っていました。「こんな何も出来なさそうな娘を喚ぶために時間と金をかけたわけではない」って。」
なんだそれは。
失礼にも程がないかな。
「それで、周りに居た人達はどこかへ連れて行かれて…残ったのは逃がしてくれた方だけでした。それで、その方が叱責されて、その、銃で撃たれたんです。」
おいおい………。
「幸いにもかすっただけのようでしたが、私も銃で狙われて…庇ってくれたんです。」
アイナさんは本当に怖かったんだろう。
肩を抱くように縮こまって震える。
「それで、怖くてその人にしがみついたんですが…。」
うらやまけしからん。
「その時に治癒魔術が発動したんですね?」
師匠は普段から想像つかないぐらい神妙な表情だ。
まぁ、そうだね。
かなり大事だと僕も思う。
「はい…それで、「そいつを捕らえろ!上手く利用すれば世界がひっくり返せる!」って……。」
「それで追われることになったと……。なるほど、大体事情は解ってきました。ちなみにその国の名前や人物の名前はわかりますか?」
エルヴィスの問いにアイナは首を横に振って応える。
その表情は落ち込み、先行きの見えない現状に対し、ある種の諦めのようなものも含んでいる。
「それで…命からがら逃がしてもらったのですが……知らない土地ではどうしようもなく…。」
「現在に至る、と。なるほど。どうしますか?アル。」
え?と気の抜けたような返事でアルは応える。
「彼女を救ったのは君で、この家の家主も君だよ。しっかりなさい。これを聞いて君はどうするんですか?」
「どうする…ですか……。ううん、難しいですね……。彼女がなぜ治癒魔術を使えるのか、なぜその国はそんな大規模な召喚陣を作成したのか、解らないことが多いとはいえ、明らかに被害者です。それに助けた責任が僕にはありますし、魅力的な女性ですしね。」
「み、魅力的……?」
「おーい、アルバートくん?本音が少し出てますよー。」
アイナは少し顔を赤らめて恥ずかしそうに俯いてしまい、エルヴィスがツッコミを入れるが、考えるのに必死になって聴こえていないアルは構わず続ける。
「だけど、重要なのは彼女がどうしたいか、ではないですか?」
うん、やっぱりこれは大事だと思うな。
彼女が平穏無事に暮らしたいと思うのであればそれを実現するための手伝いは多少は出来るし、故郷に帰りたいのであれば師匠にお願いしてヤマトまで付き添いしてもらっても良いんじゃないかな?
そう思いアイナさんへ思ったままのことを告げる。
すると
「………その、良いのであればここに置いてもらえませんか……?故郷は…確かに気になるけれど、あの、私は天涯孤独の身なので……。頼れるのは皆さんだけなんです…。」
あ…しまった……仕方ないとはいえまた地雷を踏んだ……。
…彼女はここに来てからずっと表情が曇っている。
きっと笑えば、もっと素敵な女性なのに。
「では男の責任、取らせていただきましょう。とりあえず今のところは寝ましょうよ。店は明日臨時休業で閉めておくので少しぐらい寝坊しても大丈夫です。それから手分けして彼女が生活出来るように整えて行きましょう。」
なんか凄いざっくりだけど方針は決まった。
後はそれに向かって進むだけ。
段取りはとても大事。
と、いうかそろそろ頭が回らない。
ほら、もう4時前だよ?
もう夜中通り越して早朝だよこれ。
「ん……そうだな。しかしレディはどうする?今は男所帯で割り振る部屋もねぇぞ。かといって事が事だから1人だと怖いんじゃねぇか?」
エドワードがそう言う。
彼の言うことは尤もで、実際まだアイナは不安そうにしている。
知らない土地、知らない人間に追われ、知らない男達に助けられる波乱の末、今なのだ。
「そうですね…じゃあ、今日のところはこの応接室で寝泊まりしては?ドアに鍵もかけられますし。1人だと怖いのであれば僕が店の受付にあるソファーで寝ましょう。扉1枚挟んですぐの空間ですからね。何かあれば僕が真っ先に気付きます。」
と、アルが提案すると、それに応えるのはエドワードだった。
「ああ、んじゃあその役目は俺がやるよ。お前とエルヴィスはやること沢山出来たんだろ?それならゆっくり休めよ。それに俺はこういうのは得意だ。」
「あぁ…そうでしたよね……。うん、わかりました。見張りは父さんにお任せします。アイナさんも、それで良いですか?かなり疲れたご様子ですから今はゆっくりと休んで下さい。」
「はい…ありがとうございます……。本当に…ありがとうございます…!」
アイナは泣きそうになるのを我慢しながら応える。
少しの安堵、けれども残る不安と孤独。
色々な感情が混じりあい、言葉には現せないような、そんな表情が見てとれる。
そんな彼女にアルは微笑みながら話す。
「いいえ、良いんです。僕だって、こうやって今生活出来ているのは、沢山の人に支えられた結果なのですから。今度は僕も支える側に回らないと。」
これは本心だ。
僕は本来死んでいた命だ。
それを、おばあちゃんをはじめ、師匠や父さん、オースティンさん達職人の皆さん、政府関係者、全てに支えられて生きている。
僕だって少しぐらい人を支えないと皆に申し訳ない。
その言葉に少し安堵し、アイナは涙を浮かべながらも少しだけ笑みを浮かべる。
「あ………。」
アルは思わず声を上げる。
「あの……?」
アイナは少し困惑し、また少し表情が曇ってしまった。
「あ……いえ……その、やっぱりアイナさんは笑った顔の方がとても素敵ですよ。」
アルはなんとなく気恥ずかしくなり視線をそらしてしまう。
アイナもそれは同じのようで
「あ…う………。」
と、顔を赤らめて俯いてしまう。
「あーあーわかったわかったもういいよ若人たちよ。見てるこっちが恥ずかしいからとっとと寝ろ。」
エドワードの一言で、アルとアイナはお互いに「おやすみなさい」と小さな声で言い合い、それぞれの部屋に入っていった。
「あー……むず痒い………。実の息子の生々しくも甘酸っぱい青春的なサムシングを見せ付けられたらこう……あー……。」
ゴリゴリと頭を掻きながらエドワードは呟く。
「なんかちっと寂しくなっちまったな…なぁ?リサ……。」
自分にもあんな頃があったような気がする。
エドワードはそう思い、今は亡き、愛する妻のことを思うのであった。
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