第4話

「なんで、暖かいの?」


 あっしまった。ついいてしまった。


「あ。わたしのからだ?」


「うん」


 よかった。くっついてるのを誤解されると面倒だったし。また逃げられそうだし。


「わたしが暖かいから、かな?」


「そうなんだ」


「さわる?」


 彼女の手が、のびてきて。

 わたしの手をつかむ。

 そして、胸の近くの、服のあいだあたりに。


「えっ。暖かっ」


 ちょっとえっちなことを考えるまえに、暖かさが先に来た。


「すごい。ぬくぬくしてる」


「でしょ」


 冬装備的な湿度もない。ただただ、暖かい。


「んふふ」


「あっごめんなさい」


 意識してなかったけど、さわりすぎたか。


「なんか。おねぇさんのこと。わかった気がする」


 えっなにが。どこが。

 あっえっちだってことが?

 やばい逃げられちゃう。


「おねぇさん。おとこのひとでしょ?」


 えっ今更。


「えっごめんなさい。そんなにかなしませるつもりじゃ」


 うそ。

 なんだなんだ。

 今日のわたし、顔に出過ぎじゃないか。冬装備で顔は覆ってるけど。


「まぁ。いいか」


 どうせ。この場だけの関係だし。


「わたしね。女だよ」


 彼女。

 無言。

 これは、喋ってもいいやつなのか。わからない。

 彼女のほうを見る。

 彼女。

 うなづく。

 よく見りゃあ彼女、わたしよりも装備が薄めだな。身体が暖かいから、着込む必要ないのかな。


「わたしはね。女で。おとこなの」


 生まれたときから、ずっとそうだった。

 身体は男で、心は女。よくある、心身がずれてるやつ。


「でも、ラッキーなことにね。わたし、ストライクゾーンは」


 あっ。でもこれ喋ると彼女逃げるか。

 まぁ、いいか。逃げられても。今までの人生でよくあった展開が、ひとつ増えるだけ。


「わたしね。女が好きなのよ」


 彼女。

 逃げるか。

 さあどうだ。

 逃げない。

 でも彼女のほうは、さすがに見れない。


「身体がおとこで、心が女で。んで、指向が女。一周回って、正常、みたいな」


 何度振り返っても、おもしろいな。わたしの身体と心。


「だから不具合はあんまり無くて。男子トイレ入るのちょっといやだったり、それぐらい」


 でもまぁ、慣れるけどね。

 そういういやな気持ちも。

 慣れれば気にならない。


「でも、恋愛は、まだ少し、こわいって気分」


 これがわたし。

 おとこで女で、女が好きで。

 日常生活ぐらいはできるけど、恋愛はこわい。それぐらいの、普通。


「写真」


 ん?


「写真?」


「写真が、だから、好きなの?」


 え。

 なんのことだろう。


「あなたのこころが、本当で。でも、身体と指向はうそで。本当で、本当じゃない。だから、写真が好きなの?」


「え」


 そうなのか。

 いや。

 そうかも。


「そっか。そうなのかもしれない」


 写真が好きな理由。

 虚像がどうとか、そういうことが。

 そっか。

 自分に似てるから、なのか。

 あまり、考えたことはなかった。というより、自分に似ているものを、探したことが、ない。


「綺麗に撮れると、いいね」


「そうだね」


 彼女が、立ち上がる。


「あっ」


 喋りかけたのはいいけど。

 何も、言葉が出てこなかった。

 なにを、伝えればいいだろうか。


「ありがとう」


「ん。なにが?」


「あ、いや。隣にいてくれて。暖かかった」


「それはよかった」


 彼女が、また。

 雪原を走りはじめる。


「じゃあね。またね?」


「うん。またね」


 彼女が、軽快に雪のなかを歩み去っていく。

 その姿を、1枚だけ、撮った。

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