彼に結婚を申し込まれた私は結婚を決意する。けれどその矢先、彼が事故に……
冴木さとし@低浮上
第1話 幸せな日々
私は
そんな私が出会った彼は
◇
私は必死になって車を運転していた。夜中で周りは真っ暗闇。車のライトだけが頼りだった。曲がりくねった道を進んでいくと田んぼにでた。
「お願いします。このまま田んぼを無事に出れますように」
私は
「あちゃ~」
と思わず声が出た。タイヤが田んぼに入ってしまったのだ。アクセルを踏んでもタイヤは空回り。私は再度祈った。
「誰か助けてください!」
そこへ運よく彼が車で通りかかったのだ。
「大丈夫ですか~?」
との言葉に
「タイヤがはまっちゃって、助けてください」
というと。ロープをだしてきて車をつなぎ、田んぼから引っ張りあげてくれた。
「ありがとうございます。本当に助かりました!」
とお辞儀をすると
「困ったときはお互い様です。気をつけて行ってくださいね」
と言って去っていった。
思い返せばあれが彼との初めての出会いだったのだ。その数日後になる。私は突然の雷雨で傘を買おうとコンビニにはいったら彼にばったり出会ったのだ。
「あ!」
と声を上げると
「あ、この前はどうも。大丈夫でしたか?」
と彼は私を覚えていてくれた。そして
「雨と雷凄いですしお茶でもどうですか?」
という彼の言葉に
「そうですね。雷も怖いですしね」
と答え私たちはコンビニの前にある喫茶店へと入ったのだ。
◇
「最近は暑い日が多いですよね」
と天気の話で無難に彼との会話は始まった。
「この時期は熱中症になりそうで怖いですよね」
と私がうなずくと
「水分はこまめに取らないとほんとに死んじゃいますもんね」
とアイスコーヒーを飲む彼。
そんな天気の話をぎこちなくしていると学生バスから降りた学生さんたちが大勢店の中に入ってきた。順綺堂大学の学生さんで何を隠そう私はこの大学の卒業生だった。
彼は学生を見て、
「懐かしいね」
とつぶやいた。ん? と思って
「何が懐かしいんです?」
と聞くと
「僕、ここの学生だったのでああやってバス乗って大学通ってたなぁって」
「えっ、私もここの大学出身ですよ!」
と答えると
「あー、大学同じだったんですね」
と言って彼は気さくに話し出した。
例えば同郷の人と分かると急に人見知りがとける人もいるという。彼はまさにそれだった。
「学科は何を?」
と聞かれ私は
「国文学科です」
と答えると
「順綺堂で一番難しい学科じゃないですか」
と彼は驚いていた。懐かしそうに
「ほんとに校風はのんびりした大学だったもんなぁ」
「そうですね。芝生の上に寝てる人もいましたしいつもサークルメンバーが集まってる建物付近はヒットソングを流してて私はあの頃が一番楽しかったなー」
と笑ったり、
「学食は何がお気に入りでした?」
という彼の質問に
「私はやはり塩バターコーンラーメンがイチオシなんですよ」
よくぞ気づいたとニヤリとしてみせた彼は
「ほう、やはり目の付け所が違いますね。では、いつも給仕のおばちゃんの目の前に置いてあるニンニクには手を付けましたか?」
「えっ! あれに手を出してしまったんですか!? 禁断の味とニオイに」
私は知ってますよ。当然ですとばかりに返事をする。
「僕の目的は味です。僕たちが恐れるべきはニオイです! だからこそ気は心。言い訳のため牛乳はかかせませんでした」
「牛乳を飲んだんだよ! ニンニクのニオイなんてしないはずなんだよ! って感じです? ほんとに気は心なんですよね。牛乳って」
「学生だから許されるニオイでした。社会人となった今ではもう食べれません」
「幻の味ですね」
「そうです。僕はいつだってあの味に憧れているんです。ニオイはいりません」
なんて他愛もない話で盛り上がったりした。彼はさらに
「一般教養の化学の
と聞いてきた。
「受けましたよ」
と答えると
「あの教授の授業って難しいよね。何が難しいって
「そうそう。そうなんですよ。化学とかの公式がものすごい早口なんですよね。しかもしゃべっても
と思わず私も答えていた。
「教科書が謎の書物みたいになってた授業だったよねぇ。
僕の記憶が確かなら化学の授業だったはずなんだけど暗号の授業だったのかね。まだ教えてるのかなぁ、あの教授」
となんで教授を続けられるのか分からないと言わんばかりだった。
「あの教授のおかげで単位落としかけたんだよね」
との彼のぼやきに
「えっ?」
と私は疑問を投げかけた。すると彼は
「学期末の試験でね。あの教授が試験監督官だったんだよね。講義室のながーい机に座るじゃない? その一番通路側に座って試験受けてたんだ。で、問題に関する解答を書いていたら」
「書いていたら?」
と話を促すと
「そしたら。『何をしてるんだ君は‼』って大声出して、春日教授が机の上の飛び乗ってさ。机の真ん中でカンニングしてる奴のカンニングペーパー取り押さえたんだよ。まさに机の上にダイビング。で、カンニングした奴の隣にいた僕は頭真っ白。何書いてたか分かんなくなっちゃって」
私は思わず紅茶をふきだしそうになった。
「次の日から『春日教授は高速で飛ぶ』って学生の間で噂が広まったんだけど。あのときはほんと参ったよ」
と彼は笑った。
早口でしゃべることとカンニングペーパー取り押さえるために飛んだことの
言葉遊びなんだろうけれどうまいこと言ってるなぁと心の中でごめんなさいと教授に謝りつつも笑ってしまった。
いつの間にか雨も雷も
「今も飛んでそうですよね」
「そうだね、そいえば今テスト期間だろうしね」
なんて適当なことを気楽に話せる。そんな彼との時間は本当に楽しかったのだ。
◇
それから私たちは頻繁に会うようになった。自然と付き合うようになり2年を経過していた。お互いの家に行き来するようになり、彼の家でカルーという猫を飼っていることも分かった。
なかなか私には
私には近寄らないカルーが彼には頭をすり寄せていくのを見ると本当に大事にされてるんだなーと思ったりもした。
彼といつものようになんとなく今日起きたことを話をしているとキキィィィィ! と大きなブレーキ音を立てて車が止まった。同時に猫の鳴き声を聞いた。彼は駆け出した。車は方向を転換して走り去った。そこに残されたのは私と彼とケガをした彼の飼い猫カルーだった。
私たちはカルーを病院に慌てて連れて行った。手術をしたが、カルーは内臓を激しく痛めたということだった。呼吸がままならず、今のままでは今日を乗り越えられるか分からないとのことだった。
だが、胸に穴を開け管を通し、肺に空気を送ればもう数日生き延びられるかもしれないと言われた。
「その後、カルーは家に戻ってこれる可能性はあるんですか?」
「正直なところ難しいと思います」
と先生は答えた。私は悩んだ。彼も悩んだ。
でもずっと悩んでいられるだけの時間はなかった。彼は迷い悩んだ末、カルーを連れて家に帰った。そしてカルーは翌日、息を引き取った。
◇
それから彼はしばらく元気がなかった。何を言ってもぼーっとしてることもあった。けれどカルーのことだと分かってたから私は何も言えなかった。
「動物を飼うってことは必ず飼った動物の死を
って彼は言った。
そういって無理やりふっきって徐々に元気を取り戻していった。
仕事も順調に進むようになった。順風満帆に物事が進んでいった。
◇
そして今、私は人生の分かれ道ともいえる状況を迎えていた。彼は下を向いたまま硬直している。手には光るものが…彼との日々を思い浮かべる。
大恋愛ということはなかったにしても彼が静かに、しかし深く愛してくれているのを感じ私も彼を愛した。
今までの日々を思い浮かべ、思わず笑みがこぼれた自分に気づき彼の申し出にうなずいた。そして指輪を受け取った。
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