アイドル学園

そういち

第1話、潮岸美波

辺りは暗く、ほとんどの人が寝静まっている時間に少女は目を覚ました。

カーテンを開け、ベランダに出ると思いっきり身体を伸ばした。

「ん……、今日も潮のいい匂い!」

この少女の名前は潮岸美波、海沿いの町に住むごくごく普通の女の子だ。

──タッタッタッとテンポよく階段を降りると、食卓にはすでに父親が座っていた。

「お父さん、おはよう!」

「ん……。」

美波の父親は絵に描いたような不器用な人間だ、娘からの挨拶に素っ気ない返事を返す。

「今日はワカメのお味噌汁よ。」

「今日はじゃなくて、いつもそうでしょ。」

母親の用意した朝食を手早く食べると、美波と父親は漁港へ向かった。

美波の父親の職業は漁師だ。娘である美波も幼い頃から父親の手伝いで漁に出かけていた。

船へ乗り込み、肩くらいまで伸びた髪をゴムでまとめる。魚が居るポイントに着いたら、船上から罠を降ろした。

「……無理はしてないか?」

「何が?」

「……。」

美波は中学三年生だった。進路を考えなくてはならない時期だったが、美波自身は漁師としての仕事に不満はなく、父親のあとを継ぐ予定だった。

一通り仕事を終えると、美波は学校へ向かった。

朝練をしている部活もあるため、活気のある声がちらほらと聞こえてくる。

下駄箱に靴を入れ、上履きを履いていると前から大人しそうな女の子が歩いてきた。

「美波、相変わらず早いね。」

「香織もでしょ、朝練終わったの?」

この女の子の名前は春風香織、吹奏楽部に所属しており美波とは小学生の頃からの友人だ。

朝練終わりの香織と一緒に美波は教室へ向かった。

「何だか最近、皆ピリピリしてるよね。」

「無理もないよ、この時期は進路のこととか受験勉強とか、考えることがいっぱいあるから。」

初めから父親の仕事を継ぐつもりでいた美波にとっては周りの気持ちが今一つ理解できないでいた。

二人は教室に着いたのだが、時間が早くまだ誰も来ていない。美波は席に座ると一息ついた。慣れたとはいえ漁の仕事は体力を使う。

くるくると腕を回して凝りをほぐしていると、徐ろに香織が近づいてきた。

「どうしたの?」

香織は何か話したそうにモジモジとしている、そして決意を固めたような顔つきになると、とある広告を美波の前に差し出した。

「ねぇ……私と一緒にこれに出てほしいの。」

香織が差し出した広告にはアイドル学園のオーディションと記載されていた。

「何これ、新手の詐欺?」

「詐欺じゃないよ!アイドルを目指すための学校だよ。」

アイドル学園、正式名称はDream Academy(ドリームアカデミー)いかにも怪しい校名だが由緒正しい芸能人を目指すための学校である。

「アイドル?香織アイドルになりたいの!?」

「美波声が大きいよ!」

大人しく内気なイメージの香織がアイドルを目指しているということに美波は驚きを隠せなかった。

「オーディションを受けたいんだけど、一人だと勇気が出なくて……美波、一生お願い!私と一緒にオーディション受けてくれない?」

正直美波はアイドルにあまり興味がなく、香織の誘いには乗り気でなかった。

「ごめん、香織私は──。」

「前に美波、東京に行ってみたいって言ってたよね!オーディションは東京で開催されるの、美波の分の交通費も私が負担するから、それでも駄目?」

美波の住んでいる町から東京までは往復ニ万円以上かかる、それを払うということは香織の覚悟は相当な物なのだろう。

「……分かったよ、一緒に受ければ良いんでしょ?」

「ありがとう美波!私たち一生友達だよ。」

香織の決意に押され、美波は仕方なくオーディションを受けることにした。

「それでオーディションはいつなの?」

「来週の土曜日だよ。」

「──え!」

今日は月曜日なので、オーディションの日までは12日しかないことになる。美波は慌てて香織から貰った広告に目を通した。広告にはオーディションの内容は当日まで不明と書かれていた。

「お父さんにどう説明しようかな……。」

今日一日、美波の頭には授業の内容など全く入ってこなかった。

──部活動をしていない美波は16時になると学校から家へ帰宅する。

「お帰りなさい、美波。」

「ただいま、お母さん!」

「……?」

いつもなら晩ご飯の支度を手伝ってくれるのだが、帰ってくるなり自分の部屋に入ると、制服から私服に着替えて足早に家から出ていった。

自宅にパソコンがないため、美波は近くのマンガ喫茶へ向かった。そこでアイドル学園について検索をする。

調べてみると、テレビに興味がない人でも何となく名前を知っているような有名人が、ほとんどこの学校を卒業していた。

「凄い学校なんだな……。」

過去のオーディション内容を見てみると、歌やダンスなど一般的な物もあれば、芸人と一緒に大喜利をするという一風変わった物もあるようだ。

「帰ったら、お父さんとお母さんに話そう。」

美波が帰るのと、父親はすでに仕事を終えて帰宅していた。

「……ねぇ、お父さん。」

「……何だ?」

美波の父親はガタイが良く、妙な威圧感があった。怒鳴って怒られたことはないが、芸能関係のオーディションを受けるとは中々に言いづらい。

「その……来週の土曜日、香織が東京に遊びに行かないかって誘ってきて……。」

思わず嘘をついてしまった。手から変な汗が吹き出してくる。

緊張しながら父親からの返事を待っていると、美波の父親はゆっくりと口を開いた。

「……金は?」

「……え?」

「お金はどうするんだ?」

美波の住んでいる町から東京までは、移動費だけでも相当かかる。父親が疑問に思うのも無理はない。

「あの……お金は香織が出してくれるらしくて……その……。」

「……。」

のそり、と父親が重い腰を上げるとタンスから封筒を取り出し中に入っていた三万円を美波に渡した。

「……楽しんでこい。」

「……!」

美波の家は決してお金持ちではなかった、驚きと同時に嘘をついた罪悪感が一気に襲ってくる。

「ありがとう……お父さん。」

「……あぁ。」

半端なことはできない、そう考えた美波は香織と共にオーディションの日まで歌やダンスのトレーニングに励むのだった。








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