廃神社赤い雨事件

赤魂緋鯉

前編

「つか単なる陥没じゃねえの? 俺達の出る幕ねえよ。調査課の仕事だろ」

「だろー」

「はいはい、そうなら呼ばれないんだからサボろうとしないの」

「ケッ」

「小さいツー」


 とあるハイキングコースの遊歩道で、不可解な穴が発生するという案件が起こり、水卜、ユウリ、流音の水卜みうら班は未舗装の山道をえっちらおっちら登っていた。


「ヘリとか出してくれりゃいいのによ、なんでこんな思いして行かなきゃならねえんだ」

「アンタは歩いてないじゃないの!」

「しょーがねえだろ。核透視すると体力持ってかれるんだぞ」


 ぶつくさとぼやく水卜へ、前を歩く汗だくの流音が後ろ斜め上に顔を向けて半ギレで指摘する。


 3人揃いの蛍光色な登山ウェアを着ている水卜は、ユウリに肩車されていて自分の足を使ってはいない。


「それに暑いんだよ」

「ねー」

「そのもやで日傘しといてなに言ってるんだか……」

「日傘じゃねえぞ。木避けだ」

「屁理屈ー……」


 遊歩道の入り口から肩車はしていたが、何度も木の枝に顔面を襲われたため、ユウリの暗黒色のもやが三度笠型に成形されて水卜の頭上に浮かんでいた。


「しかしまあ、百何年も昔からある道にしちゃ荒れてんな」

「なんか元々集落があったらしいんだけど、不便すぎていなくなっちゃったとかなんとか」

「おん? 捜査資料にそんなん書いてあったか?」

「廃集落マニアの人のブログよ」

「そんなもんあんのか」


 記憶を掘り返して怪訝けげんそうな顔をする水卜に、流音は携帯でそのブログを水卜へ見せた。


「ふーん、山の上にあったのか。じゃあここに怪異でも住み着いて穴ぼこが空いてんだろ」

「じゃあわたしがワーッってやっちゃえばいーんじゃない?」

「それはやめろ。正直そうしてえけど、はげ山にすんのはマズい」

「えー」


 かなり短絡的な手段を取ろうと提案するユウリへ、水卜は冷静に突っ込みを入れて止めた。


「あんときは後始末大変だったって聞いたろ?」

「ひなっちがそう言うなら聞いたと思う!」

「いや、デタラメ言ってたらどうするわけ?」

「えー? ひなっちは言わないから問題なーいよ、バサラー」

宇佐美うさみね。もう何も合ってないじゃない」

「たまには言うぞ」

「え、言うの?」

「まあ、予定だけな」

「予定するデタラメってなによ」


 グダグダと内容のない会話を繰り広げているうちに、報告の合った区間へと3人はやってきていた。


「まあ、あんた達には関係ないかもだけど、いつ穴が空くか分からないからちゃんと足元見てなさいよ」


 木と木の間に渡されたトラロープの前で一旦停止し、流音は改めて区域の注意事項のファイルを確認しつつ、水分補給をする水卜へ忠告する。


「じゃあもう浮いとくかー」

「お、判断が早いじゃねーの」

「浮いてるなら命綱繋いでてもらって良い?」

「えー」

「繋いどいてやれ」

「ほーい」


 膝から下をもやにしてふよふよ浮くユウリは、流音の頼みに眉尻を下げて難色を示すが、水卜が頼むと2つ返事で人型の腰部分にベルトを巻いてロープを繋いだ。


「どう?」

「おーん。気配はいまんとこねえな。低級怪異がちょっといるが」


 道を進んでいくが霊・妖力カウンターに強い反応がなく、能力を発動して辺りを見回していた水卜にも、それらしき存在は全く確認出来ていなかった。


「もうどっか行ったんじゃねえか」

「昨日の今日よ? そんな急に移動しないでしょ」

「まーねー。居心地よかったらずっといるしー」

「ユウリが言うならそうか」

「だからひなっちとわたしはずっと一緒だよー」

「お、おう。そうか……」

「はいはいはい。イチャついてないで仕事しなさい仕事」


 ニッコリと笑いながらユウリに言われ、目線を上に彷徨わせて顔を少し赤らめた水卜へ、流音は胸焼けがした様な顔でそう言ってカウンターを左右に大きく振る。


「い、イチャついてねーし」

「男子中学生かなにか?」

「そーだよー、まだまぐわってないしー」

「イチャつくのハードルが高いわよ!」

「そーなの?」

「そうだよ。あんま人前で言うもんじゃねえ」

「学んだー」


 ユウリが真剣な顔で首を縦に振り水卜が前後に揺れたところで、


「ひやひやさ――キャッ」


 突然、足元にゴルフのカップほどの穴が空いて流音は尻もちをついた。


「お、早速か」

「びっくり」

「うわあ、お尻濡れた……。いた?」

「いや。ちょっと妖力の流れが来ただけだ」

「大元は?」

「わからん。自然放出量に紛れてやがる」


 先程の穴は、資料の記述通りほんの一瞬の間に元へと戻っていた。


「歩くと確率で出てくるのか?」

「かもー」

「だったら面倒ね。探しようがないじゃない」

「いや、そうでもねえ。ユウリ、アレたのむ」

「オまカセー」


 ユウリは水卜の指示を察して怪異体化し、彼女の乗っている頭部以外の全身をもや状態にして薄く地面に広げた。


「えっ、ちょっと。これ大丈夫なわけ?」

「安心しろ。大丈夫じゃなかったら今頃足がなくなってる」

「さじ加減デなんとデモなるヨー」

「ちょっともう! 説明無しでは勘弁してよ……」


 つい先日、水卜に襲いかかってきたタコの怪異が、ユウリに頭部以外を消滅させられた光景を目にしていたため、流音は全身の毛が逆立つ感覚を覚えた。


「これで歩けばどこにいるかわかるぜ。じゃ歩け」

「じゃ、って乱暴な……。あっ、命綱ちゃんと繋がってる?」

「ダいジョーブー。先っポは200キロの重りニ括り付けテあるカラー」

「お前がそんなになければ――」

「無いわよ! デリカシーないわけッ?」

「おお恐」

「ひエ」


 軽い気持ちで言ったが思いのほかブチギレられ、2人とも少し身を引いて怖がる。


「全くもう……」

「ア、近づいてキタ」

「マジか」

「えっ、ちょっ、上げてよ」

「勘づかれたらどうすんだ我慢しろ」

「そんな薄情なァ――ッ!?」


 慌てふためいてユウリの頭部に飛び乗ろうとするが、もやの壁を作られてガードされているうちにドラム缶ほどの穴が空いて流音は宙づりになった。


 3人は気が付かなかったが、このとき地表面付近にいた、大きなサイズのミミズが穴に何匹か落下していた。

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