6、関西弁と監督


 星光学園のある千波ちば県にはサッカーの名門校がひしめき合っており、県内では練習会試合や独自で行なっている大会などが豊富である。

 

 

 毎年5月に行われる千波新人合流試合は、県主催の小さな大会と侮ってはいけない。新しく獲得した有望な選手のお披露目の機会でもあるのだ。つまり、今後のインターハイや選手権、ひいては先日開幕された、クラブユースと合同のU-18サッカーカップへの新戦力にもなり、詰まるところ自分達の権力を示すにはうってつけの場というわけだ。

 強豪校が勢揃いするともあって、県外から観に来る者もいるほど。もちろん、月刊ストライカー等の記者や、有名な学校なら偵察にも来る。



 そこへの出場権をいち早く得たいと思うのは必然だ。今決まっているのは9人、スタメンになるチャンスも残っている。試合に登録できるメンバーは30名、さらにその中で20名がベンチへ入れる。

 


 「なんや、キーパー決められてるやん!折角出れると思たのに」


 突然関西弁で声を上げた者が一人いた。その場にいた全員が一斉にその声の主を見る。

 胡座をかく男子は、くるくると自身の髪を弄りながら不貞腐れた表情で湊を見ていた。



 「なんだ、不服か?」


 挑発するように湊が返した。


 「いーや。椅子がないんやったらどけたらええだけや」

 

 負けじと彼も被せていく。



 「あいつ、ダンデ大坂の安達あだちじゃね?」

 「そーだ!去年のJr.ユース戦で鉄壁の守護神と恐れられたやつだろ?」


 ざわつく周囲。

 

 「それは俺に言ってんのか?」


 正キーパーとして、聞き捨てならない発言に対し、恭介は口角を上げながら癖っ毛の彼を見据える。紗奈の隣にいる航也は呆れ顔で「またか」と肩を落とす。



 ピリッとした空気が流れる中、それをぶち壊す人が登場した。


 「ゴォラ!レオ!お前何初日から喧嘩売っとんねん!!」

 

 バインダーの角を癖っ毛にゴツンと当てながら、彼と同じ関西弁を話す大きな男性が現れた。



 「何すんねんクソ親父!!俺は思ったことゆーてるだけやろ!」

 「そんなんやと一生試合には出さへんぞ!」


 無精髭を生やし、同じく癖のある髪をした背の高い男は大きなため息を漏らした。

 


 「遅なってすまんなぁ。コレ、俺の息子の礼央れお。離れて暮らしとったから甘やかされてもうてな、堪忍したって!」

 

 手でごめんなぁとポーズを取った男性は、礼央の頭をぐしゃぐしゃと乱暴に掻き回した。その手を乱暴に払っわれたので、大人しく湊たちの隣まで歩いていく。


 

 「監督!遅いじゃないですか!」

 「わりぃ、教員会議が長引ぃたわ」



 急な監督の登場に呆気に取られる面々。特に紗奈は、想像していた人と真逆の飄々ひょうひょうとした人物に困惑が隠せないでいた。



 「想像と全く違うんだけど……」

 「怖い人だと思った?」


 近くにいた愛美がクスリと笑いながら言う。それに対して静かに頷く。


 「そうね、あーしてると面白い監督なんだけど……でも勝負には誰よりも厳しい。努力や根性なんて通用しない人よ」



 安達監督と周りの部員をゆっくりと見回した。たしかに、親しくしている様に見えるのはレギュラー陣だけで、その後ろの練習着姿の部員は、緊張を隠せていない。

 


 「それにあの人、どこかで見たことあるような……」

 「はぁ。お前って本当に藤野選手以外興味無いんだな」

 「それどうゆう意味よ?」

 「そのままの意味だよ!一つ前のここ(星光学園)の監督が年齢的にキツくなってるって話があったんだよ。監督業を教え子に譲りたがってたんだ。それでようやくあの人……安達慎二あだちしんじ選手に去年交代したってわけ」

 「へぇ、知らなかった。安達慎二って、もしかして……」

 

 「そう、そのもしかして!!」

 紗奈が続きを言おうとして、その話題の人物に遮られる。


 「へっ?!」


 紗奈の目の前に現れた安達監督は、しゃがみ込みピースサインを見せる。


 「そーや!俺がサムライブルーの元守護神、安達慎二や!!」


 彼は約10年間日本代表に選抜され、鉄壁の防御を世界に見せつけた伝説のゴールキーパー。

 海外へ移籍し華々しく活躍していたが、5年前に突然電撃引退。その後はパッタリと表舞台に出てくることは無くなった。



 その理由は今も謎に包まれたままだった……


 「星光学園に居たなんて」


 紗奈は呆然と彼と、彼の息子である礼央を見ていた。

 

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