エピソード 3ー6
それからすぐに、私は写真撮影に向けたレッスンを受けた。とはいえ、成績は絶対に落とせない――どころか、中間試験に向けて上げなくてはいけない。
写真撮影に向けたレッスンを必死に受け、なおかつ勉学の予習も怠らない。だからって、目の下にクマをつくったら怒られるので、夜は早く寝て、休憩時間はエステを受ける。
そんな日々を過ごし、ついに一学期の初日がやってきた。私は蒼生学園の制服に着替えて身だしなみをチェック、リムジンに乗り込んで学園へと向かう。
「……数ヶ月まえの私に、こんな生活をすることになるって言っても絶対信じないよね」
窓の外を流れる景色を眺めながら独りごちる。それを聞いていたシャノンが「ですが、ずいぶんと馴染んでいらっしゃいますよ」と答えた。
「まぁ、さすがにね。でも、レッスン料は気になるかな」
この数日間で掛かったレッスン料や、エステなんかの費用を計算すると恐ろしい金額になるはずだ。それを負担してもらっていると考えると、さすがに申し訳ない気分になる。
「それだけ、澪お嬢様の役割が重要だとお考えください」
「それは、分かってるけど……」
「澪お嬢様が役割を果たせなければ、多くの命と桜坂グループの命運が尽きることになります。それでもなお、数十万、数百万を惜しんで成功率を下げることが正解だと思いますか?」
「それ、は……」
自分の両肩にどれだけの物が乗っているのかを指摘されて息を呑んだ。
「申し訳ありません。紫月お嬢様からは、あまりプレッシャーになるような言葉は掛けないようにと言われていたのですが……」
「うぅん、教えてくれてありがとう。私に掛かる費用については気にしないことにするよ」
これは目的を達成するために必要な投資。なら、私が出来るのは、全力で目的が達成できるように努力することだけだ。そう判断して、費用については考えることをやめた。
ほどなく、学園に到着する。学園にある送迎用のスペースに車を止めてもらい、私は車から降り立つ。そうして少し歩いてから、私はおもむろに振り返った。
「今更なんだけど、どうしてシャノンが高校生をやり直してるの?」
「この学園はお付きの同行を認めていませんから」
「……ええと。それはつまり、お付きとして過ごすために、高校に入り直したと? シャノンってたしか、アメリカの大学を卒業してるのよね?」
「ご安心を。飛び級で卒業しているので、そこまで年齢は離れていません」
いや、二十四歳は十分離れてる――とは口が裂けても言わない。
もっとも、シャノンは肌が綺麗なので、実年齢ほど無理があるようには見えない。大人びた高校生と言い張れば、なんとか誤魔化すことは可能だろう。
それに――
「紫月お姉様が決めたことなら、私が言っても無駄だよね」
そう割り切って、私は昇降口へと向かった。そこでクラス割りを確認すると、原作乙女ゲームと同じで、私は琉煌さんや乃々歌ちゃんと同じクラスだった。
ついでに言えば、シャノンも同じクラスである。
「こんな偶然ってあるんだね」
「いえ、紫月お姉様が寄付をなさった結果です」
「……うん、そうだと思った」
紫月お姉様は脳金だと思う。
なんでもお金で解決しようとする辺りが。
「それより、澪お嬢様。そろそろ切り替えてください」
「っと、そうだった。――それじゃ、お仕事の時間よ」
自分は悪役令嬢だと気持ちを切り替えて、口調や態度を変えて教室へと向かう。なお、シャノンは当面他人のフリをすることになった。その方がなにかと動きやすいからだ。
そうして教室に入り、出席番号順で席に着く。
ほどなくしてホームルームが始まり、続いて自己紹介が始まった。
財閥特待生が三分の一程度で、残りは一般生と数名の特待生だ。
原作乙女ゲームのシナリオ関係者は、雪城 琉煌と、柊木 乃々歌。それに悪役令嬢の取り巻きになるはずだった二人が同じクラスのようだ。
ちなみに、乃々歌ちゃんは柊木 乃々歌として――つまり、名倉財閥の会長の孫娘としてではなく、一般生としてここにいる。これも、原作乙女ゲームの設定通りである。
その他、個人的に気になったのは、雪城
彼女のことは聞いてないけど、原作ストーリーには関わってこないのかな?
余談だけど、蒼生学園は同じ苗字の人が同じクラスにいることが多い。同じ苗字はクラスを分けるのが一般的だけど、財閥関係者は同じ苗字が多いのでどうしても被ってしまうらしい。
そんな訳で、基本的には名前で呼び合うのがこの学園での習わしだと先生が言っていた。
とまぁ、そんな感じで自己紹介が終わる。
私も桜坂家の娘として無難に自己紹介をしておいた。原作乙女ゲームの関係者にはともかく、他の人にまで悪女っぽく見られたくないからね。
とにもかくにもホームルームが終わり、すぐに授業が始まった。中間試験で成績を落とす訳にはいかないので、私は必死に授業を受けていく。
ちなみに、休み時間に予習復習をするという真似は出来ない。いや、出来なくはないのだけど、悪役令嬢としてあまり真面目な姿を乃々歌ちゃん達に見せる訳にはいかない。
そんな訳で、休み時間はのんびりしている振りをしつつ、教養を得るための読書に時間を費やす。そうして黙々と読書をしていると、ふと視線を感じて顔を上げた。
振り返ると、乃々歌ちゃんが視線を逸らすところだった。
……睨まれてたのかな?
先日あんなに突き放したし、嫌われて他としても無理はないけど……まぁ、気にしてもしょうがないか。そんな結論に至って本に視線を落とすと、ほどなくしてまた視線を感じた。
さっと振り返ると、今度は六花さんがそっぽを向くところだった。
……なんだろう?
乃々歌ちゃんはともかく、六花さんは心当たりがまったくない。まさか、琉煌さんのときみたいに、知らないあいだに関わり合いになってた――なんてことはないよね?
いや、ない。ないはずだ。というか、知らないあいだにフラグを立てちゃった、みたいな偶然がそうそうあってたまるか。そんな偶然は琉煌さんの件だけで十分だよ。
取り敢えず、私は勉強しなくちゃいけない。相手がアプローチを掛けてくるまでは気にしないでおこう――と、私は本に視線を落とした。
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