かつて『歩く大図書館』と呼ばれた私は、今薬草店で働いています

AprilNorf

第1話 失くし物を見つけようⅠ

 私がこちらに転勤してから数ヶ月の朝。ここに来てからというもの、毎日私は喧騒の対義語としての静寂の中にいる感じがする。窓を開けば、空は雲一つ無い晴天で、海は穏やかに波を打ち潮騒を奏で、鳥も歌っている。

 私はシュライゼという種族で、普通の人間とは違い、頭から動物の耳みたいに、細長い帯が生えている種族なんだけど、感情に応じて帯の性質が変わってきたりして、今みたいな穏やかな環境だと布みたいにふにゃふにゃしている。ちなみに普段は蝶々結びしている。


「おはよう、エーゼルさん。今日も店番お願いね」


 そう優しく私に語り掛けてくるのはアルフリクスさん。ここの薬草店のマスターであり、金髪で細身だが、よく筋肉が鍛えられている様に見受けられる。顔は、まあ、その……、考えれば考えるほど胸がどきどきして、頭の蝶々結びが痛くなるほどこわばってくるのでやめておこう。


「お、おはようございます」


 思わず目線を逸してしまった。気づかれて無いかな。再び頭の帯と心臓が桐で貫かれているように痛みだす。

 アルフリクスさんは普通に頷いて、薬草の調達のために外に行ったみたいだ。良かった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 私は暇だったのでなんとなくそこにあった船の設計に関する本を読みながら店番をしていた。店の会計の机で顎を載せながら突っ伏して読んでいるので、机のひんやりとした感触が肌で感じられる。我ながら怠惰だ。

 そうこうしていると、鞘を腰に携え、古びたリュックサックを背負った若い男の人が店先の鐘を鳴らした。私は手に持っている本を閉じて直ぐに横に置いて、姿勢を正した。


「いらっしゃいませ。ご注文が決まりましたらお声掛けください」


 私は顔を上げて声のトーンを明るくして呼びかけた。若い男の人は少し頷いた。よく見ると、彼は眉をハの字にしているようだ。


「何かお困り事などございますか」

「ああ、うん、えーと。ここに凄い博識のシュライゼのエーゼルって嬢ちゃんが居るって聞いてまして」

「はい。凄い博識かどうかは存じ上げませんがエーゼルといいますと私くらいですかね」


 何か最近、私の知識を求めてここを訪ねに来る客がいる。何故か有名になってるらしいけど、あっちの忙しさを思い出してしまうのでやめてほしい。まあでも、店員として務めて居るので客を無下には出来ないので、一応店側のサービス料として対価を要求している。お金じゃなくて、私の好きな甘いお菓子を。因みにアルフリクスさんには一応そのことは了承を得ている。


「それで、流石に無茶だとは思うんですけど、俺らの失くしもの探しを手伝って頂けないかな……なんて」


 頭を掻きながらそう言う。流石に失くしものは知識でどうこう出来る話ではないでしょとは思うけど、まあ話くらいなら聞いてもいいかな。


「それはどんな失くしものでしょうか」

「俺らの魔石が無くなってしまったんですよね」


 魔石か。この街に来る船乗り達が良く使う船の動力源だけどまさかその魔石なのか。いやまあ船に使われる魔石は私の身長くらいの大きさだから流石にそんなもの無くすなんて有り得ないか。


「実は船の動力源の魔石でして」


 何でそんな大きいものを無くすんですか、と思わず叫び、蝶々結びが解けそうになったけど我慢する。きっと何かしらの事情があるのだろう。


「船の魔石って大きいですよね。それを失くすとなると盗賊とかに持っていかれた、とか……」

「船のマストに金具で固定してあったんです。ですが金具はそのままで魔石だけ忽然と消えてったんです」


 不思議そうに首を少し傾げながら語る。

 魔石だけ忽然と消えるなんてことが有るのかな。私が知っている、本に書かれていた魔石の特徴的な性質は三つ。一つ目は魔力を貯めたり、魔力を放出したりすることができるという性質。船だけではなく気球の動力源として使われているはず。二つ目は、屈折率がとても高いという性質。それゆえ光を良く跳ね返して輝き宝石としても用いられているから、魔力をあまり貯められなくても質が良ければ高値で売り捌かれることもある。三つ目は、叩いても内蔵されている魔力によって壊れにくくなっているということだ。このことから察すると叩いて壊した、ということは無さそうだ。


「壊れては無さそうですよね。取り敢えずあなた方がこの街に来てからの経緯を伺ってもいいですか」

「はい。ええと……」


 若い男はこの街に来たあとに、仲間の二人と一緒に街を歩いていたが、財布を忘れたことに気づき船に戻ったら、財布はあったのにマストの魔石が無くなっていたそうだ。そして、仲間の二人に伝えて、今三人に分かれて情報収集をしているらしい。


「因みに失礼ですが仲間の方と揉めていたりとかは……」


 若い男ははっと口を開き何かに気づいたようである。信頼している人間同士の人間関係のトラブルによる犯行は往々にして見逃されやすい気がする。まあ私は周りの人間関係のトラブルとかあんまり無かった気がするけど。


「そういえば最近二人が俺に隠れて何かやってるたいなんですよね」

「と、いいますと」

「何か二人で俺に隠れて話していたりとか」


 笑いながら言った。

 うーん。嫌われているのかな。いやでも嫌がらせされてたら流石に分かるよな。笑いながら言ってるしそこまで深刻な事ではないと思うんだけど……。

 色々考えていると、突然私の脳裏にある考えが浮かび上がった。

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