われら美化委員!

いちしちいち

第1話 ホントはやめたい美化委員

「それじゃあ朝の会を始めまーす! あ、船橋さん。美化委員よろしくね」

 サイアクだ。

 担任の山本やまもと香織かおり先生が入ってくるなり、にっこり笑ってそう言った。

 どうして私、委員会決めの日にかぎって、風邪ひいちゃったんだろう……!

 それもこれも弟のあさひのせいだよ。

 ちら、と黒板横の委員メンバー表を見ると、『美化委員 船橋ふなばし汐里しおり』ってばっちり書かれちゃってるし。

 さらにその横には、『美化委員 帆崎ほざき洋治ようじ』の文字。

 私はそっと、後ろを振り返った。

 ぎろりと鋭い視線が飛んできて、私はバッと前に向き直る。

 帆崎洋治くん。五年生になった今年に転校してきた男の子。

 朝の会が終わると同時に、帆崎くんは突然、私だけに聞こえるような小さな声で、私の耳元で低く囁いた。

「今日は集会がある……美化委員の集合場所は三年一組だ。忘れるな」

「はっ、はいぃ!」

 美化委員になっただけで、なんでこんな怖い思いしなくちゃいけないのー!?


 放課後。ユウウツな気分にため息をついていると、友達がぽんと背中をたたいた。

「汐里ちゃん、美化委員がんばってね」

「うん……やよいちゃんは放送委員だっけ。やよいちゃんもがんばって――」

「オイ。行くぞ」

 私が返事をする前に、帆崎くんは私を引っ張って歩き出した。

 まだやよいちゃんとあいさつしている途中だったのに!

 これじゃあ、私が逃げ出さないように見張ってるみたいじゃん……。

「あれぇ姉ちゃん。ここ三年の教室だぜ。なんか用?」

 三年生の教室につくと、見知った顔がこちらに駆けてきた。

「旭。私ね、今年も美化委員なんだ……」

 弟の船橋旭。そういえば三年一組は旭の教室だ。

「五年になったらゼッタイ美化委員はやらないって言ってたクセに」

 ニヤニヤしながら旭が言う。

 お前のせいだー!って言葉をギリギリで飲みこんだ。

 風邪ひいたのは旭のがうつったせいだけど、委員になったのは旭のせいじゃないしね。

 ていうか、今その話しないで! 帆崎くんがすっごいニラんでるから!

「まぁいーや。お母さんにも言っとくね。じゃ、おつかれー!」

 まったくなんて生意気なやつだ!

 ……いや、今は美化委員だ。さっきから帆崎くんがずーっとニラんでいる。

「あのう、帆崎くん……?」

「なんだ、船橋汐里」

 あ、私の名前知ってるんだ。まあ委員会のメンバー表に書いてあるもんね。

「えっと……帆崎くんも、委員会は投票とか推薦で決まっちゃったの?」

「いや。自分で立候補した」

「へ、へー! そうなんだ。帆崎くん、今年転校してきたから知らないと思うけど、美化委員の仕事って五年生からすっごい大変でね――」

「知ってる。知ってて手をあげた」

 私は思わず目を見開いた。

 美化委員の仕事は五年になるとすっごい大変だから、誰もやりたがらないってことはこの学校じゃ常識。なのに手を挙げるなんて……。

「どうして美化委員に立候補したの?」

 あーっ、気になってつい聞いちゃった。怒られたらどうしよう……。

 帆崎くん、さっきからずーっと私のことをニラみつけて、機嫌悪そうだし。

 いや、そういう顔なのかな? わかんないけど、とにかく怖い……。

 そう思ったけど、帆崎くんは私の目を真っ直ぐ見て言った。

「決まっている。この学校を最高にキレイにするためだ」

「さ……最高に、キレイ……?」

 思ってもみない答えに私はびっくりして、また固まっちゃった。


 言っちゃ悪いけど、わだつみ小って、この辺の学校じゃ一番古くて、校舎はボロボロ。

 カベのペンキははがれかけてお化け屋敷みたい。

 でも特にヒドイのは、やっぱりトイレとあおぞら池かな。

 ニオイがサイアクだし、いつもイヤ~な空気が漂っていて、誰も近づこうとしない。

 あおぞら池なんて名前だけで、水面に青空が反射するわけもない。

 底が見えないくらい、緑の苔や藻がびっしり生えて漂っている。

 あんな所で、よく鯉のタイショーは生きていけるなって思っちゃう。

 当然、そんな場所をわざわざ放課後に掃除しようなんて子がいるわけないのだ。

 だから帆崎くんが立候補したことが不思議で、私の頭の中はハテナでいっぱいだった。

「帆崎くんってキレイ好きなの?」

「普通だ」

 帆崎くんはそう言って、床を右足でぐりぐり。なにかを踏み潰すような動きをした。

 でもそこにはなにもない。待っている間、ヒマなのかな。

「じゃあ、帆崎くんが前に通ってた学校ってすごくキレイだったとか?」

「別に……」

 どうしてか帆崎くんは言いよどんだ。もしかして前の学校のこと聞かれたくなかった?

 あー、ずっと気まずい。早く教室あかないかな……。

 すると、教室で掃除をしていた子達が出て行って、最後に先生が出てきた。

「美化委員のみなさーん、教室があいたので集まってくださーい」

 旭の担任、堀口ほりぐち茂樹しげき先生ののんびりとした言葉に、廊下に溜まっていた子たちがぞろぞろと教室の中に入っていった。私も帆崎くんの後ろについて中へ入る。

 早く教室あいてほしいって思ったけど、それって美化委員の仕事をやらなきゃいけないってことで……。うう、今から中止になったりしないかな。


 ――なんて考えが現実になったりすることがあるわけなくて。

 美化委員たちの自己紹介は淡々と進んだ。

「じゃあ、ここからは堀口先生の代わりに、僕が進めますね! さっきも自己紹介したけど、六年一組の野中のなかさとるです。よろしくお願いします」

 そう言って、美化委員長の野中悟先パイは丁寧にお辞儀をした。

 堀口先生は三年生と四年生の面倒を見ている。

 野中先パイのあいさつが終わると、パチパチとまばらに拍手が起こった。

 私と野中先パイは去年に引き続き美化委員だから顔見知り。

 野中先パイとペアの佐藤さんが、ホワイトボードに『美化委員の仕事』と書きだした。

「三年と四年は花壇のお世話だったけど、五年と六年はあおぞら池の掃除をします」

 野中先パイがそう言うと、男子たちが「うえ~っ」と声を上げた。女子も声にはださないけど、ゼッタイやりたくないって顔をしている。

 きっとほとんどの子が、私と同じく投票とか推薦で決まっちゃったんだろう。

「野中くん、池の掃除って何するの?」。

「毎週金曜日に定期的な池の掃除と、学期終わりに大掃除をします」

「そんなのやってるの見たことないけど」

 誰かのぼやきに、野中先パイは困ったように笑いながら頬をかいた。

「去年も毎週やってました。集まりが悪くていつも僕と先生だけだったけど」

「定期的な池の掃除って?」

「当番を決めて、池に浮いているゴミや藻をすくってキレイにします。池の周りに生えている草木やベンチの手入れも僕たちの仕事です」

 そうだったのか……。去年も美化委員だったのに知らなかった。

「大掃除は、池の水をぬいて、魚も別の場所に移して、全員で掃除します。池の底のヘドロやゴミを取り除いたり、池のフチや岩に生えた苔や藻をブラシでこすって落とします。それじゃなにか質問ある人いますか~」

 野中先パイがおっとりした声で言うと、五年の男子が手を挙げた。

「あの池、チョー汚いですけど、ホントに大掃除やってるんですか?」

 だよね。もう、ほんっとーに、すっごく汚いもの。他のみんなも顔を見合わせている。

「たしかに、あおぞら池は、めっ……ちゃ汚い! 僕も先生もがんばったけど、前の大掃除の時に来てくれた美化委員は、なんと――……」

 ぐっと拳をつくってためる野中先パイ。

「僕以外誰もいませんでした!」

 それを聞いた皆は、「だよね」と言いたそうな顔をしていた。

 私も今の自分の顔を鏡で見れば、同じような表情だったに違いない。

「なので今年こそ、皆であおぞら池を青空が映るキレイな池にしましょう!」

 そう野中先パイが言うと、誰かがゆっくりと拍手をした。

 それにつられてか他の人たちもパチ、パチ、と拍手をする。なんだかイヤ~な空気。

 この拍手はいいものじゃないよ。「はいはい、分かりました」って感じだもん。

 私はふと帆崎くんが気になって、ちらりと横を見た。

 帆崎くんは鋭い目つきで、拍手をしている人たちをギロギロとにらみつけている。

 その目は私にも向けられていた。うう、ホントに怖い……。


 野中先輩の説明がひととおり終わると、毎週金曜日の当番の班決めをした。

 私たちは五年と六年の一組・二組の班に決まった。

 掃除のやり方や持ち物が書かれたプリントが配られ、今日の委員会は解散。

 金曜日までもう何日もない。憂鬱な気分に思わずため息が出る。

 教室を出て帰ろうとすると、帆崎くんに「オイ」って呼び止められた。

「は、はい。なんですか帆崎くん」

「金曜日……ゼッタイ学校休むなよ」

「は、はいぃ……!」

 同級生相手になんでか敬語になっちゃった。

 そんなこと言われたら休めるわけないじゃん……!

 私は逃げるように教室を出た。

 一瞬見えた帆崎くんの表情は、やっぱり尖った鉛筆の先っぽみたいに鋭かった。

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