家を買う男 ~2022年春夏秋ときて冬~

長万部 三郎太

第一話 暗雲

「メールでは大変申し上げにくいことになりますので……」



23時半を回ったタイミングでスマホがメッセージを受信した。

土曜にお世話になった不動産屋の代表からの連絡であった。


深夜だったが、急ぎ案件ということもあり折り返し電話をかけると、代表は非常に申し訳なさそうなトーンでこう話を切り出した。


「先日ご案内したあの物件ですが、全く同じタイミングで申し込みがバッティングしていたようで……。売主の方は“公平に審査が先に通った方で契約させて頂きます”ということでした。長万部さん、いかがいたしましょう……?」


常より引っ越しと転職、中古車選びはタイミングがすべてだと思っていた自分でも、今回の件はやや逃したくない気持ちもあり、こう尋ねてみた。


「今から取れる策はありますか?」


代表が言うには、銀行の一時審査さえ出てしまえば本契約までいけるものの、切り替えようとしていた地方銀行では月曜から着手しても審査に2~3営業日かかるため、こちらが今取引のあるネットバンクで審査を申し込んでほしいという。


すぐにパソコンを立ち上げ、オンライン銀行のマイページから『住宅ローン』を選び、案内に従って各項目を埋めていく。確かに画面には最速翌日に結果報告とある。さすが大手だ。


午前0時をまわるタイミングで入力も完了し、続報として代表に連絡を入れた。たった30分に満たない作業だったが、住宅ローンについて半日ほど座学を受けたくらいの知識量がアップしたように思える。


ひとまずこれで付け焼刃だができる手は打った。あとはそのライバルとやらの銀行審査に時間がかかることを祈るしかない。わたしは手元に置いてあったお茶を飲み干したあと、静かに眠った。



翌日。

スマホを手に取りメールボックスをリロードしていると、ほぼ同じタイミングで代表から着信があった。


「長万部さん、今お電話大丈夫でしょうか……?」


……マズい。

昨晩よりも申し訳ないオーラが数段増しており、電話越しの声からそれがひしひしと伝わるレベルだ。わたしはこの時点で心の準備をした。


「あの物件ですが別の方の審査が先に済んでしまい、残念なことにこちらは間に合いませんでした。昨晩も深夜まで手続きをして頂けたのにも関わらず、ご期待に沿えず誠に……」



とても申し訳なさそうに話す代表をよそに、わたしの心は次の物件探しに向いていた。なぜなら本契約が取れなかったのは、単に縁がなかっただけだからだ。これしきことで気落ちする必要もないし、そんな時間ももったいない。


先週の土曜に不動産で4時間半ほど話し込んで得た知識と、ローンの組み立て方や注意すべきポイント、支払い額設定などの新たな知識を武器に、間伐入れずSUUMOを開いたわたしは、またしても物件に呼び寄せられるかの如く、それを見つけた。あまりに必然だった。


「NURO光のエリア……、よし。

 駅からの距離……、これもクリア」


今週は地味なタスクがいくつかあるが、心はもう上の空。早く週末が来ないかと、月曜から切に願う午後のひと時……。





つづく

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