end of the world

2029年8月31日。私は白鳥の大大群の嘶く声で起き、忽ち悟った。その白鳥はもはや天使達の姿で、まっしぐらに東京タワーに向かっていた。もう始まる、私は普段から用意したサバイバルリュックを背負って一目散に向かった。

不意に携える手には、あの方、建築技師の辰宮克己がいる筈なのだが、もう時間は無いと諦めた。

降りてくるエレベーターを待つ間も惜しい。階段を駆け下りて路上へ出るや否や、眼の前には何の計らいか散歩中の克己さんがいた。そうこの会社に行く前の時間は克己さんの貴重な思索の時間だ。ここでつい食い下がっては喧々諤々の時間になる。そして克己さんが。

――どうしたんです?

――いえ……何でもありません。ただ何となくお会いしたい気分だったのです。

私はここぞと克己さんの手を強く引いた。

――そうですか。でも今日は大事な会議があるんですよ。あなただって知ってるでしょう。

――ええ勿論ですわ。でも……いいじゃありませんか。少し回り道しましょう。会社にはフィールドワークと後で言っておきます。

私は有無を言わさず尚も手を引き、何故か今だけは霧雨になった下町を駆け抜ける。そう、今日だけはやっと全貌が見えた東京タワーに向かった。


そして辿り着いた東京タワーの下にはそう、ガブリエルさん、ミカエルさん、ラファエルさんが待っていた。そして準備万端とばかりに、ラファエルさんが階段を登って行く全ての施錠を破壊しており、どうぞのお招きにあやかった。

私は促され長すぎる階段を登る。そして螺旋状の階段を登っていく中、私達は地上150メートルにある大展望台に着いた。そして私は息を呑んだ。そこには美しい光景が広がっていたのだ。皆が待ち望んでいた、あの快晴の光景だ。ただそれは儚いと知った。もうすぐそこに成層圏に到達した積乱雲一群が早い速度で迫っていた。そして包まれた。

凄まじい大降雨の轟音に、真っ白の水流しかない立ちはだかる壁、地上に跳ねる降水量が酷く近くに聞こえる。私はその一瞬で理解した。ここは世界の終わりなのである。創世記の世界だと。これが後1週間も続くのかと思うと、私の意識はやがて遠退いた。


私は気が付くと、そこはどうしても東京タワーの大展望台だった。夢であって欲しいはただの逃避願望だった。

運命の東京タワーの大展望台には、深い溜め息と憤りに包まれ、ただ呆然と外を眺めていた。

起き上がろうとした時、ラファエルさんに押し留められた。

――これは、ただの原野風景よ、乃愛は自分の事だけを考えてね。

――はい……。


私は返事をして、恐る恐る窓辺に寄った。私達が待ち望んだ奇跡を含んだ光臨は夕日として降り注がれるが、東京は軽く100m水没している。30階建以下の建築物はその大洪水の中に沈められた。広く見渡せる関東平野は、何れも水面も照り返しがきつい。関東でこれなら、日本、東アジア、いやアジア全域が降雨後の激流に飲み込まれた筈だ。創世記のノアの箱船はまたしても起こった。もっとも、戒めである筈なのに、誰も聖書を慮る事無く、天国へと旅立った全生命の事をただ推し量るしかない。


そうして幾ばくか経った頃だろうか、ガブリエルさんがやって来た。

――大丈夫?

――はい。ただ……何も考えたくなくて。

――無理もないわ。こんな光景見せられたらね。

――ガブリエルさんは平気も、大天使ですよね。

――まあそうだけど……5度目だと慣れちゃったわ。でも、他の天使達も同じ様なものよ。

――そうなんですか。

――そりゃそうでしょ。地上の清浄化ではよくある事だから。それにしても、この終末はいつまで続くのかしら。まあその為の乃愛だから、0から頑張ってね。

――はい。

ガブリエルさんが、私を気遣って去った後も私は、暫く窓の外を見つめた。

そしてまた暫く経ち、私はふと思った。もしこのままこの東京を中心として水浸しになれば、どこに水量が流れて行くのだろう。


このままここに居続けて、世界は本当に終わったかを日々感じるのかと思った時、目の前を陸上自衛隊の救難ヘリ2機が過って行った。この派遣距離だと往復出来る山の高さがある地、東北かなが過った。

人類は完全に死滅していない事は、素直に喜ばなくてはならない。西日の光臨だけがただ輝きを増し、これが漸くの希望と深く悟った。

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