第30話 本日の目的

 翌朝少し早めに起きると、俺は風呂を沸かして朝風呂に入った。


「ふぉおおおお……」


 朝風呂による魂の雄叫びを上げて、大きく身体を伸ばした。ちなみに欠伸も兼ねている。

 朝から真新しい湯の風呂になんて、何と幸せなのだろうか。予定もなく戦いもなく、休日の朝。最高だ。

 風呂場の窓を開けてみると、そこには青い海原が大きく広がっていた。きっとこの家の前の持ち主も、風呂からこの光景を見たくて窓を作ったに違いない。

 海風が室内に入ってきて、その潮の香りがさわやかで気持ちが良い。風呂も気持ちいいし海風も気持ちいい。天国だ。

 ちなみに、ユウナはまだ眠っている様だ。俺の方が早起きするのはあまりないが、たまにこういう時もある。

 ちなみに、昨夜はあの後何度かキスをしてから、歯を洗い、その後もう一度キスをしてから別々の部屋で寝た。

 ぶっちゃけ、空気的には一緒に寝ないかと誘えない空気でもなかった。

 ただ、やっぱりその夢よりも今は安定の方を取りたいと思い、おやすみのキスに留めたのである。留まった俺を褒めて欲しい。

 留まったというよりはただただチキンが発動しただけなのではないかという指摘もありそうだが、そこはそれ以上触れてはいけない。部屋に戻ってから誘わなかった事を死ぬ程後悔したのだから、これ以上の追撃は避けて欲しい。


 ──それにしても、今日は何するかなぁ。


 ぱしゃっとお湯を掬って、自らの顔に掛けてみる。

 だめだ、本当にやる事がない。

 これまでは一応、目的があった。

 異世界に転移させられてからの二年間はとにかく魔王を倒す事が目的だったし、魔王討伐後はユウナと一緒にここウェンデルの町に住む、という事を目的としてきた。

 家の増改築が終わるまでの間は、町で色々買い揃えたり発注したり家の方を見に来たりとやる事があったが、本格的に住んでしまえば本当にやる事がない。今は具体的な目標がなくなってしまったのだ。

 無論、ユウナと異世界で青春を取り戻す、という大命題はある。が、これは目標というのには抽象的過ぎる様に思うのだ。むしろ、何か青春に繋がりそうな事を思いついて、それを実行する事で叶っていくものではないだろうか。


 ──ウェンデルで制服デートはもうしたしなぁ。


 制服デートというより、ここウェンデルに着いてからはなるべく外を出る時は制服を着る様にしていた。何というか、その方が本来の俺達らしいと思えたからだ。

 俺が〝勇者〟である事は背中の聖剣バルムンクを見せればいいだけだし、ユウナに至っては瞬間生着替えができるので問題がない。

 また、このウェンデルには魔法学院がある事もあって、制服への理解があったので、それほど不自然がられなかった。

 俺達の学生服とは全く異なるが、魔法学院にも制服はあるのだ。彼らの制服はパリーポッターの様なローブであるが、俺達の服も学校の服だと言えば、納得してもらえた。聖都プラルメスとはえらい違いである。

 それに、家ができるまでの半月の間、町中でも制服で過ごしていたので、『異界の制服を着ている二人は勇者様と聖女様』と町の人達も認識してくれる様になった。今では勇者コスプレや聖女コスプレをしていなくても俺達であると認識してくれるのだ。


 ──あ、そういえば……。


 昨日のユウナとの会話をふと思い出す。

 そういえば、ユウナは昨日バスボムの話をしていた。

 マイハウスができて風呂も自由に入れる事になったので、彼女もゆっくりと入浴を楽しみたいに違いない。

 透明なお湯も良いが、これが色鮮やかで良い匂いがするお湯だったら、もっと風呂で癒されるに違いない。


 ──バスボム、作ってみるか。


 とりあえず、目標は決まった。

 バスボムに必要なものもわかっている。重曹にクエン酸、それに精油に後は色を付けるもの。この世界で手に入るかはわからないが、探してみる価値はありそうだ。それに、サプライズでプレゼントすればユウナも喜んでくれるだろう。彼女の笑顔のためなら、頑張ってみる価値はあった。


「よし。いっちょやってみますかぁ」


 ざばっと湯船から上がって、俺はもう一度大きく伸びをするのだった。


       *


 魔法で頭を乾かしてからリビングに戻ると、既に着替えを終えたユウナが朝食をテーブルの上に並べていた。

 俺の入浴中に起きていた様で、朝の仕度を先にやってくれていた様だ。


「おはよう、ユウナ」

「あ、おはようエイジくん。お風呂入ってたんだ?」

「癖で早く起きちゃったんだけど、やる事もないしな」

「朝風呂気持ちいいよね。私も後で入ろうかなぁ」


 そんなやり取りをしながら、台所から料理を運ぶのを手伝った。

 朝のメニューはスクランブルエッグにソーセージ、それにパンとサラダ、デザートのフルーツだ。

 凄い、母さんでもこんなにきっちり朝ごはん作ってくれなかったのに。ユウナの女子力強すぎじゃない? ってかい俺こんなにしてもらっていいの?


「あ、ソーセージもっと食べる? ちょっと余らせちゃってるの」

「食べる食べる」

「じゃあ、もうちょっと待っててね。すぐに焼いちゃうから。先に食べてていいよ」


 ユウナはパタパタと台所まで向かうと、フライパンに火を掛けてからソーセージを焼いてくれていた。

 先に食べてていいと言われても、追加分を焼いてもらっているのに先に手を付けるのはどうにも申し訳ない。どうせならと思って、鼻歌を歌いながら調理する彼女の後姿を見て楽しませてもらおう。


 ──っていうか、〝四宮高校の聖女様〟が俺の為に朝ごはん作ってくれてるとかヤバくない?


 冷静に考えると、凄い事である。

 高嶺の花だったユウナと異世界に吹っ飛ばされて、その後付き合う事になって同棲する事になったのだ。同級生に話したら、絶対にビョーインに行けと言われるだろう。間違いない。同級生が同じ事を言っていたら、俺だって同じ事を言う。

 それにしても、エプロン姿のユウナ、とても最高である。マジで良いお嫁さんになるんだろうなぁ。


「お待たせ。わざわざ待っててくれなくて良かったのに」


 調理を終えたユウナが、俺の皿へと追加のソーセージを乗せて困った様に笑った。


「いや、料理作ってるとこ見てただけだから」

「やだ、見ないでよ」

「何で」

「だって、鼻歌とか歌っちゃってたし……恥ずかしい」


 もじもじとして、視線を逸らすユウナ。

 ああもう何この子可愛い。朝から幸せ絶頂なんだけど、どうすればいい? っていうかこれ青春越えてませんか? これも青春としてカウントでOK?


「ほら。恥ずかしがってないで、さっさと食べようぜ」


 そう言うと、『誰のせいだ』と言わんばかりの視線がこちらに向けられた。


「ごめんごめん、ちょっとやりたい事を思い付いたからさ。ご飯食べ終わったら出掛けてこようと思って」

「やりたい事?」


 ユウナはきょとんとして首を傾げた。


「うん。ちょっと作りたいものが思い浮かんだんだ」

「え、なあに? 気になるー」

「それはできてからのお楽しみ」


 同棲はしても、サプライズはあった方が良いだろう。

 というか、作れるかどうかわからないからまだ言いたくないだけなのだけれど。期待だけさせて作れませんでしたでは格好悪いので、とりあえずは内緒にしておこう。


「で、ユウナは今日どうする? 一緒に町まで行く?」

「ううん。今日は家の整理をもう少ししようかなって」


 ユウナはちらりと物置化している部屋の扉を見て答えた。まだ置き場所が決まっていないものについては一階の空き部屋にとりあえず入れたままなのだ。

 ちなみに、空き部屋にあるものは殆どユウナのものである。

 まあ、ユウナのものというよりは、彼女が選んだもの、という表現の方が正しいのだけれど。大体は生活に必要な品で、俺も使うものが多い。だが、どこに何を置くなどのインテリアは彼女に任せた方が良いと思って、特に口を挟む気もなかった。

 ユウナも楽しみながらやりたいようだし、その楽しみを奪うのも野暮というものだ。

 それから俺達は手を合わせてから「いただきます」をすると、朝食を楽しんだのだった。

 この世界に来てから、一番美味しい朝食だったのは言うまでもない。

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