第24話 新居決定

 さてさて、朝からちょっとしたハプニング(?)はあったものの、俺達はそれから町長さんのところへ挨拶へと行った。

 もちろん、移住はOK。町長さんは〝勇者〟と〝聖女〟のウェンデル移住を心から喜んでくれていた。

 特に手続き等はないのも驚きだったが──日本だったら住民票だなんだと色々めんどくさいイメージだ──それよりも驚いたのは、俺とユウナ、いや、〝勇者〟と〝聖女〟は住民税やら諸々が非課税なのだそうだ。

 言われてみれば当たり前なのだが、俺達はもともとこの世界の住人ではなく、他の世界から召喚された身である。というか、法王パウロ三世より『〝勇者〟と〝聖女〟は世界を救った英雄。その様な英雄から税金を取るなど烏滸がましい』『仮に勇者と聖女が移住を求めても課税はするな』というお達しが各領主充てにあったそうだ。曰く、聖王国プラルメスの中で住む限り、俺達は一切課税されないらしい。


 ──一応、感謝はされてるのかな。


 法王の対応を見て、そんな感想を抱く。

 異世界から唐突に召喚して魔王と戦わせた挙句、帰れなくさせてしまった事に申し訳なさを感じているのだろうか。或いは、俺達が自棄になって反旗を翻さないよう、兎に角丁重に持て成して角が立たないようにしているのかもしれない。

 法王にどんな思惑があるのかはわからないが、税金を特別控除してくれるというのであれば、有り難く享受しよう。日本みたいに安全がある程度担保されているならまだしも、こんな危険だらけな世界で住民税とかいう生きているだけで課金されるサブスクを支払わされるのは御免被りたい。

 町長さんとの話はそこで終わった。簡単にまとめると、支出もなく納税義務もないから自由に生活してくれ、ただ、もし町に魔物等が出た場合は討伐に協力して欲しいとの事だった。

 もちろん、有事の際には協力させてもらう旨の約束した。俺達にできる事なんてそのくらいしかないし、困った時はお互い様だ。異世界で青春を謳歌するに当たって、こちらからも何かしらの協力を要求してみよう。

 町長から移住が認められると、秘書のレジーナさんから町の空き家を案内してもらう事となった。

 レジーナさんは赤髪茶眼で、俺達の世界でいう女性用のスーツの様なものを着ていた。如何にも仕事ができそうな大人の女性だ。


「何かご要望はございますか?」


 レジーナさんが俺達に家の条件を訊いてきたので、予め考えていた部屋の要求を伝えた。

 ちゃんとした石窯などの台所設備、お風呂、部屋がいくつかあって、更にトイレは水洗にしたいので海側が良いと伝えた。


「うーん……さすがにそれだけの条件を兼ね備えた空き家は、町内にはないかもしれませんねぇ」


 レジーナさんが難しい顔をしながら、空き家の資料をペラペラと捲っていく。

 うーん、やはり全部の条件に当てはまる家はないか。そりゃそうだよな。できるだけ日本にいた頃と同じ環境に近付けようっていう要求だから、文化水準が異なるこの世界で全てを満たすのは難しい。

 何から削っていこうかユウナと相談しようかと思っていると、レジーナさんが「あっ」と声を上げた。


「町内ではないのですが、以前貴族の方が別荘としていて使っていた家がそれに当てはまるかもしれません」


 レジーナさんは何かを思い出したかの様に別棚から一枚の資料を取り出すと、俺達に見せてくれた。

 家は海際にある二階建ての家で、風呂付き。石窯もあって、台所もこの世界にしてはしっかりとした造りだ。しかも風呂には排水管らしいものがあって、海へと繋がっていた。この排水管の設備をトイレにも応用すれば、水の魔法が使える俺達なら水洗トイレにできる。


 ──これは、この世界ではかなり俺達の理想に近い家なのでは?


 そう思ってユウナの方をちらりと見ると、嫣然とした笑みを浮かべて頷いた。

 どうやら、互いの意思は合致したらしい。まあ、ここ以外だとどれかを我慢しなければならなそうだし、決定で良いだろう。


「ただ……一つだけ問題がありまして」

「何でしょう?」


 ユウナがレジーナさんに訊いた。


「もともと貴族の別荘という事もあって、町から少し離れているんです。城壁の外になってしまうので、少し不便かもしれません」


 レジーナさんは近辺の地図を持ってくると、家の所在を教えてくれた。

 場所はウェンデルの町を囲う城壁の外にあって、ちょうど俺達が昨日、この町を外から眺めていた浜辺の近くだった。


「ああ、あのへんか。それなら言う程不便でもないかな?」

「うん。私もそう思う」


 俺達のわかる距離感で言うと、北鎌倉駅から江ノ島よりも少し近いくらいだろうか。

 江ノ電で言うと二駅弱くらいの距離。確かに少し離れているけども、電車がない分俺達には〈加速魔法アッチェレラツィオーネ〉がある。ぶっちゃけ電車よりも遥かに早いので、このくらいの距離なら一瞬だ。この魔法がでも使えたら、きっと無遅刻で学校に通えただろうに。


「左様ですか。城壁の外なので警備兵の管轄外になってしまいますが、それでもよろしいでしょうか?」

「ああ、もちろん。そのへんはむしろ、俺達の方が得意だから」

「あっ……そうでしたね。失念しておりました」


 レジーナさんがハッとすると、恥ずかしそうに口元を隠して笑みを漏らした。

 一応、これでも〝勇者〟と〝聖女〟である。魔物はユウナの魔物除けの結界があればどうとでもなるし、賊なんかが来ようものなら俺が成敗すれば良いだけの話だ。街の中よりむしろ色々やりやすいかもしれない。


「家の増改築なんかは町の人に依頼しても良いか?」

「はい、それはもちろんです。勇者様から仕事をご依頼頂けるならば、きっと皆も喜んで協力するでしょう」


 念の為増改築の確認をすると、レジーナさんから了承を得られた。これでトイレ問題も解決できそうだ。

 曰く、貴族の別荘として建てられたこの家だが、結局持ち主が死んでしまってウェンデルの町が管理する事となったらしい。ただ、城壁の外にある事から、安全面があまり担保されておらず、住みたがる人もいなかったそうだ。

 しかし、俺達にとってはむしろそれは好都合だった。町の中となると、〝勇者〟と〝聖女〟の家として無駄に人が集まってくるかもしれないし、ご近所付き合いも色々面倒そうだ。そういった気遣いも不要なのは、正直俺としても助かる。


「よし、じゃあここにしようか」

「うん!」


 こうして俺達の新居は、決定したのだった。

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