第23話 『まだ』って事は『いつか』はOKなんですね⁉

物質転移魔法トランスファー〉による高速生着替えの最中、光っている間にその中がどうなっているのかはユウナ本人でさえもわからないらしい。

 まあ、本当にぴかっと一瞬光るくらいだし、本人も意図的に〈物質転移魔法トランスファー〉を使ったわけではなくイメージから魔法を発展させただけだそうなので、わからないのも当然である。光の中がどうなっているかなど考えていなかったらしく、そこを指摘されてユウナも恥ずかしくなってしまったようだ。

 もしかすると、あの刹那本当に下着状態になっているのかもしれないと思うと、とてもえっちでけしからん仕様である。どんどん着替えて下さい。ああ、この世界にサングラスがあったなら是非掛けたかったなぁ。無念だ。


「……またえっちな事考えてるでしょ」

「またって何⁉ 考えてないから!」


 ユウナが訝しむ様な視線を向けてきたので、慌てて否定する。

 この世界に思考を読み取る魔法がなくてよかった。そんなものがあったら全男性は女性から軽蔑の眼差しで見られる事間違いない。高校生なんてものは、大抵くだらない事かえっちな事しか考えていないのである。

 ユウナは「ほんとかなぁ」とこちらをジト目で見ているが、気にしてはならない。こういう時は「海が綺麗だなー」とか言って適当に言い逃れるに限る。


「それで、家探しだけど……どこから回る? この世界に不動産屋さんってあるのかな」


 ユウナは呆れた様に溜め息を吐くと、話題を元に戻した。

 助かった。俺が話題を変えようとするとどうにもわざとらしくなってしまうから、どうしようかと悩んでいたのだ。


「それについては昨日宿屋の店主から訊いてみたんだけど、どうやら空き家やらの管理は町の方でしているらしくてさ。まずは町長のところに挨拶かな」


 店主曰く、ウェンデルの町では基本的に移住審査などは特にないらしい。町長のところに移住の申し出を伝えると、空き家などを紹介してくれるそうだ。

 ただ、あからさまに風貌がイカついとか、悪評があるとなると断られる事もあるらしい。まあ、でも他の町から知らされた指名手配犯でもない限り断られる事はないだろうとの事だった。


「町長さんがお家を紹介してくれるのは嬉しいね」

「家探しなんてでもした事ないからな。契約関係だとかがない分、むしろこっちの方が楽そうだ」


 高校を出たら一人暮らしをしようと考えていたが、それが少し早まった感じだろうか。まあ、一人暮らしどころか付き合い始めたばかりの女の子といきなり同棲というすっ飛ばし具合なのだけれども。


「二人で家探しとか、新婚さんみたいだね」

「ブッ!」


 ユウナの何気ない一言に、思わず色々噴き出てしまった。


「あ、またえっちな事考えてる」

「ばっ! か、考えてない!」

「でも、ほんとに新婚さんみたいだよ?」


 からかいの意図を含んだ笑みを浮かべ、こちらを覗き込んでくる。

 この野郎め。むしろ俺がえっちな事を考える様に誘導していないか?

 きっと、恥ずかしがる俺の反応を見て遊んでやがるのだ。そうとなれば、ちょっと反撃してやらないと。


「……新婚さんなら、一緒の部屋で寝る事になるぞ」

「えッ⁉」


 俺の反撃に、今度はユウナが顔を赤くする。

 うぶ男子の前で安易に新婚さんなんて妄想ワードを使った事を後悔させてやらねば。男子高校生なんて頭の中はえっちな事でいっぱいなのだから、当然こう返す事になる。

 まあ、そんなくだらない事を考えられるだけでも今は大分精神的な余裕が戻ってきたという証拠なのだけれど。

 魔王討伐が頭の中にある間は変な事を考える余裕もなかった。戦い、戦い、戦いである。それから解放されただけでも、大分違う。


「そ、それは……」

「ほら、どうなんだよ。新婚さんだったら当然一緒のベッドで寝る事になるんだぞ? それでもいいのか?」


 うりうり、とここぞとばかりに反撃に出る。

 いつも俺ばかり照れさせられている気がするので、反撃できる時はしておかないといけない。彼氏の威厳ってものがなくなってしまう。そんなもの最初からあるのかさえ謎であるが。


「い、一緒に寝るのは、その……早いと思う」


 ユウナは恥ずかしそうにこちらをちらりと上目で見てから目を逸らすと、そうぽそりと言った。


「え……」


 予想外の言葉が返ってきて、今度は俺の方が狼狽してしまった。

 今、『』って言ったよな? それは、その……いつかは一緒に寝てくれるって事⁉


「それって……」

「ほ、ほら! 早く行こっ? 他の人に、良い物件取られちゃう!」


 ユウナが俺から逃げる様にして、前をさっさか歩いて行く。

 いやいや、そんな春の東京じゃあるまいし。ウェンデルは他の人と物件を取り合う程移住希望者が多い町ではないだろうに。

 でも、ここをうやむやにしておくわけにはいかない。俺は意を決して、ユウナを呼び止めた。


「待った、ユウナ」

「な、なに?」


 彼女はまだ顔を赤らめたまま、少し気まずそうにこちらを振り向いた。


「その……いつかはいいのか?」


 ごくり、と固唾を飲んでしまったのが自分でもわかる。

 この前キスをしたばかりなのに急ぎ過ぎではないかとも思うのだけれども、ここは大事なところなので──期待しても良いのかという意味に於いても──是非はっきりしておきたい。

 すると、ユウナはちらりとこちらを一瞥してから……こくり、と頷いた。もちろん、さっきよりも顔を赤くして。


「ユウナ!」

「ひゃっ⁉」


 その仕草と表情があまりに可愛くて、おもいっきり町中で抱き締めてしまった。

 通行人からの視線が痛いが、今は感動の方が上回っているので気にしない。後で死ぬ程恥ずかしい思いをしそうだけど、今は自らの衝動に身を任せたい。


「もうっ、どうしたの?」

「いや、ごめん。嬉しくて、つい」

「そ、そんなに喜ぶ事なの……?」


 ユウナはおろおろと困惑した様子ではあるが、俺の腕の中で大人しくしていた。

 こうして制服姿の彼女を抱き締めていると、本当にあの真城結菜と付き合っていると実感ができてもっと嬉しくなってくる。

 返事の意味も込めて、少しだけ彼女を抱き締める腕に力を込めてみた。


「……えっち」


 ユウナは小さな声で、そう俺を咎めた。

 だが、その声色はどちらかというと恥ずかしそうでもありながら少し嬉しそうでもあり、一切の棘がなかった。

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