第20話 港町ウェンデル

 変わってしまった自分達を受け入れて、失ってしまった青春ものは二人で取り戻そう──ユウナとのファーストキスの中でそんな決意をしてから、数日後。俺達の視界の前には、青い空と海が広がっていた。

 空と海の紺碧を背景に、白い大理石で出来た白壁とオレンジ色の瓦屋根が連なる町並みが見える。どことなく真珠の様に思えなくもない様な美しさで、その町は見る者を惹き付ける魅力があった。そして、俺達の知る江ノ島に似たような形状の島が、海の上にそっとその身を佇んでいる。


「着いたよ、ユウナ」

「わぁ……!」


 俺の言葉と共に、隣のユウナから感嘆の声が漏れた。

 俺達の視界の前にあるのは、聖王国プラルメスの南方に位置する小さな漁港──港町ウェンデルだ。

 港町ウェンデルは何十年か前は海洋貿易都市として栄えていたらしく、町を覆う様に高い城壁が建てられていた。如何にも中世ヨーロッパっぽい雰囲気の町で、やっぱり見ているだけでテンションは上がる。


「なんか、江ノ島とヨーロッパを足した様な景観だよな」


 俺達は町の外の浜辺に馬車を停めて、島と町を眺めていた。町の中に入るより、外の浜辺の角度から見る島が七里ヶ浜から見る江ノ島の様に見えるからだ。

 橋から先の海の方を見れば江ノ島、橋から手前の町を見るとヨーロッパ……そんな感じの町が、ウェンデル。町の中は中で綺麗なのだが、外から見た景観というのも独特で美しい。


「エイジくん、前来た時も同じ事言ってた」

「そうだっけ」

「そうだよ」


 そんなやり取りをしながら二人で笑うと、ユウナは俺の肩に頭を乗っけてくる。

 初めてのキスをして以降、彼女はこうして俺に甘えてくる様になった。距離感も少し変わった様に思えて、以前よりも身体の距離も近付いた様に思う。同じパーティーで戦う仲間、或いは元クラスメイトといった関係から、本当の意味で恋人になったのだなと思わされる瞬間だ。


「ここに来たの、いつぶりだっけ?」

「もう一年以上前になると思うよ?」


 そんな会話をしながら、初めてウェンデルに来た時の事を思い出す。

 以前は魔法学院の学長に会いに来るのが目的で、あまり街を見て回る事はなかった。それ以来となるので、今回は二度目の訪問となる。この町に着たのは一年以上ぶりのはずなのだけれど、それでも久々だという感覚がしないのは、どことなくあの島が俺達の知る場所と似ているからかもしれない。

 一緒に魔王討伐に参加してくれた女性魔導師・シエラがウェンデル魔法学院の出身で、前回は秘密の奥義とやらを学長から伝授してもらう為に訪れたのだ。

 学長から極大魔法を授かったシエラはその力を存分に振舞い、俺達の冒険の大きな助けとなってくれた。彼女の魔法がなければ、魔王討伐は叶わなかっただろう。


「シエラの奴、ゲイルと仲良くやってるかな」


 ふと、一か月程前に聖都で別れた仲間達の事を思う。

 魔王討伐を期に聖王国プラルメスの法王・パウロ三世から〝大魔導師〟に認定されたシエルと、同じく法王から〝聖戦士〟と認定されたゲイル。二人は俺達とは異なってこの世界で生まれ育った人間であるが、俺達の魔王討伐に力を貸してくれた大切な仲間だ。

 冒険の中で二人は結ばれ、戦後は二人でゲイルの故郷へと行ったのだ。おそらく、今頃は挙式も済んで新婚生活を営んでいるのだろう。


「また喧嘩でもしてるんじゃないかなぁ。ゲイルが他の女の子に色目使ったとか言って、シエラが嫉妬しちゃって」

「あー……そのパターン、何度もあったよな。あれで空気悪くなるの、ほんと勘弁して欲しかった」


 その時の事を思い出して、俺達は大きく溜め息を吐いた。

 こちらは生き残れるかどうか、元の世界に戻れるかどうかという次元で戦っているのに、パーティーのうち二人は呑気に痴話喧嘩をしているのだ。正直堪ったものではなかった。

 尤も、戦いが始まれば二人ともすぐに気持ちを切り替えられるので影響はないのだけれど、こちらのメンタル的には結構迷惑をしていた。後半になると、もう気にしなくなっていたけれど。


「ほんとよね。私なんて、ずっとシエラの愚痴をお風呂で聞かされて逆上のぼせちゃったんだから」

「こっちはゲイルの自棄酒に付き合わされたよ。俺、まだ酒飲めないのに」

「お互いに災難だったよね」

「全くだ」


 俺達はどちらも似たような役割を担って現地人達のメンタルサポートを行っていたらしい。

 ゲイルはゲイルで、別に浮気とかそういう事をする奴ではない(あくまでも俺調べ)のだが、如何せん顔が良い上にお調子者な性格だった。おまけに気が利くので、誰彼問わず優しくしてしまう──でもどっちかというと女好きなので無意識に女の子に優しくしてしまう──癖があって、女の子から好かれやすい体質だった。

 そこで寡黙に立ち回っていれば良いものの、性格がお調子者故にデレデレしてしまい、それを見たシエラが嫉妬心を爆発させる、というのが俺達のパーティーのお決まりのパターンだった。二人共強かったから良かったものの、あれで弱かったらパーティーから追放していたところだ。

 あ、でもパーティー追放はまずいか。追放すると絶対に何かしら復讐されるとかいう、異世界にはそういう慣習があるらしい。追放せずに済んで良かった。


「でも、これからは私達にも似たような事が起こるかもね?」

「え、何で?」


 ユウナの唐突な言葉に、俺は怪訝に首を傾げる。

 俺、ゲイルみたいにお調子者じゃないんだけど。


「だって、エイジくんってモテるじゃない? 私、実は結構ヤキモチ妬いてたりして」

「え、マジで⁉」


 ダメだ、全然気付いてなかった。

 そもそも女の子に好かれている事にも気付いていなかったのだから、ユウナがそこに嫉妬していたとしても気付けるはずがない。


「優しいのはエイジくんの良いところだけど……あんまり他の子に優しくし過ぎないでね? 私だって、ずっと我慢できるわけじゃないんだから」


 少し拗ねた様な上目遣いでこちらを見て、ユウナが言う。

 後半の方は自分でも言うのが恥ずかしかったのか、声がめちゃくちゃ小さかった。それが何とも可愛らしくて、胸がきゅっと締め付けられてしまう。


「わ、わかった。気を付けるよ」


 自覚がないのだから気を付けようがないと思うのだけれど、俺は気を引き締める為にもそう伝えた。

 というか、これまで我慢してたのか。もしかしたら、シエラとお風呂で長話をしてしまっていたのは、彼女のヤキモチに共感できるところがあったからかもしれない。それを思うと、ほっこり気持ちが暖かくなった。


 ──それにしても、俺ってほんとに鈍いんだな……これ、鈍感症みたいな病気なんじゃないだろうか。


 あまりの自分の鈍さに、そんな不安を抱いてしまった俺であった。

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