第4話 久々の○○姿

「えへへ……どうかな。似合ってる?」


 両替店で〝ある物〟を引き出したユウナは、それに着替えて、ドレスでも披露するかのようにくるりと俺の前で回って見せた。


「似合ってるも何も……」


 俺はごくりと固唾を飲んだ。

 そこにはいたのは、〝聖女〟ユウナではなく、二年前に学校で見ていた真城結菜。そう……彼女が言っていた〝ある物〟とは、俺達が通っていた四宮高校のブレザー制服だったのである。

 そういえば、こちら側に着て勇者コスプレと聖女コスプレ衣装を王様から渡されて真っ先に着替えさせられ──確かに制服だと浮いていて精神的にもきつかった──それから制服はずっと両替店に預けっぱなしだったのだ。


「あっ……やっぱり二年も経ったら印象変わちゃった? 体型とかは変わってないはずなんだけど……」


 ユウナは不安げに自分の腰回りやおしりを身体を捩じって確認していた。

 俺の反応が別の意図として伝わってしまったらしい。


「いや、全然! 全然変わってないよ。あの時のまんまで……すっげー似合ってる」

「ほんと? それなら良かった」

「ああ。涙出そうになったくらいには感動した」

「ここ、別に泣くところじゃないよ?」


 俺がほろりと袖で目元を拭う仕草を見せると、ユウナは可笑しそうに笑ってツッコミを入れた。

 ちょっとわざとらしくおどけてみせたのは間違いないのだけれど、実際に目頭が熱くなったのも事実だった。

 戦いが終わった事と、異世界の中で見る制服姿の彼女はやっぱりどこか異質で元の世界に戻れない事を改めて自覚してしまった事、でも恥ずかしそうに制服を披露している彼女の表情がのままで、嬉しくなってしまった事。色んな感情が入り混じってしまったのだ。


「ほら、エイジくんも早く着替えて来てよ」

「え、俺も着替えるのか⁉」

「当たり前だよ。私だけ一人でこんな格好してたら変でしょ?」

「まあ……」


 異世界の中で高校の制服を着ていたら、別に一人でも二人でも変だし浮いてしまうと思うのだけれど。ただ、一人より二人の方が心細さ的にはマシかもしれない。

 実際、今も『聖女様は何であんな格好してるんだ?』というように胡乱な眼差しをそこかしこから向けられている。

 俺は小さく嘆息すると、両替店の受付まで行って預けていた制服を持ってきてもらい、トイレで着替えた。

 で、制服に着替えて店の受付に戻ると──『勇者様まで何であんな格好を?』と稀有なものでも眺める様な視線が身体中に突き刺さった。

 なるほど、確かにこの視線を一人で浴び続けるとなると、結構しんどいものがある。下着売り場にうっかり間違えて降り立ってしまった気持ちに近いだろうか。肩身が狭いったらありゃしない。

 しかし、ユウナは──


「あっ。瓜生うりゅうくんだ~」


 俺の制服姿を見て、めちゃくちゃはしゃいでいた。

 だから、もう苗字で呼ぶのやめてくれって。何だかそっちの方が恥ずかしい。ほら、店の人とか他の客とかも変な目で見てるし。

 だが、ユウナはまるでやめる気配がなく、俺の近くまで駆け寄ってくると、こう訊いてくるのだった。


「久しぶりだね、瓜生くん。元気にしてた?」


 まるで、夏休みが開けた後に教室で話しかけてくるみたいな挨拶。一瞬だけ背景が異世界から教室に戻った気がした。

 どうやら、ユウナは三文芝居がしたいらしい。ついさっき周りの目が気になるとか言ってた気がするのだけれど、どういうつもりだろうか。


「久しぶり、真城ましろさん。まあ、元気と言えば元気だけど、今は結構疲れてるかな」


 俺は溜め息を吐くと、わざとらしく肩を竦めてやった。

 何だかここで終わらせてしまうのも興醒めだし、せっかくなので三文芝居に乗っかってやるのも悪くはない。


「この二年間、何してた?」


 ユウナがニヤニヤして訊いてくる。

 この聖女様、完全にノリノリである。そっちがそのつもりなら、俺もノらなければならない。って、何だこの義務感。


「うーん……なんかモンスターと戦ったり剣振り回したり魔法ぶっ放したり、あと魔王倒したりしてたかな。真城さんは?」

「私? 私も似たような事してたよ。魔法で怪我とか毒を治したり、モンスターと戦ったり、魔王倒したり」

「そりゃ奇遇だ。そういえばその魔王、なんか不死鳥みたいなでっかい炎ぶっ放してきてアホみたいに強くなかった?」

「そうそう! 変な構えだったけど、攻撃と防御と魔法を同時に出してきて大変だったよね。私もやられそうになっちゃった」

「ナントカの構えだろ? 俺、あれで全身大火傷したんだよなー。有能な回復術師ヒーラーが味方にいてよかったよ」

「簡単に言ってるけど、あれ治す方も大変だったんだよ? 火傷と裂傷を同時に治さないといけなかったんだから」

「その節は大変お世話になりました」

「いえいえ、どういたしまして」


 そこまで言って顔を見合わせると、俺達は互いに吹き出した。

 夏休み明けの教室でこの会話をしていたら、一緒に遊んでいたネットゲームか何かの話だと思われるだろう。しかし、残念な事に魔王との戦い云々はほんの数日前に繰り広げられていた出来事。今ではこんな風に冗談混じりで話せているが、マジで何回死ぬかと思ったかわからない。俺もユウナも、それから共に戦った者達も、生き残っているのが奇跡みたいなものなのである。


「……どうやって収集つけんだよ、この話」


 俺はもう一度わざとらしく溜め息を吐いて、三文芝居を終わらせた。

 どうやっても高校生らしい会話にならないし、会話の内容に周りの人達がドン引いている。この世界で生きる彼らからすれば魔王の恐ろしさはよく知っているだろうし、会話の内容がゲームなどではなく事実なのだと理解できるからだろう。居心地の悪さが先程までの比ではなくなってしまっていた。


「あれ、もうやめるの? ちょっと昔みたいで楽しかったのに」


 ユウナが楽しそうにくすくす笑って言った。

 どうやら、彼女の方は周囲の気まずさよりも懐かしい会話を楽しむ方が優先されるらしい。俺なんかよりよっぽど肝っ玉が座っている聖女様だ。


「……まあ、そういえばこんなやり取りよくしてたよな」


 ふと、二年前の時の事を思い出す。

 放課後や教室での休み時間、たまに俺達はこんな意味のないやり取りをしていた。俺はただユウナが暇をつぶしたいだけかと思っていたのだけれど、もしかすると、これもユウナのいう『アピール』だったのかもしれない。

 そういえば、ユウナが男子と話す事って滅多になかったっけ……。友達からも『何で聖女様とあんな仲良いんだよ』とヤッカミを受けてたし。

 こうして思い返してみれば、俺ほんとに鈍かったんだなぁ。


「で? 今更制服なんか着て何をするつもりなんだよ?」


 このまま考え込んでしまうと自分の鈍さに嫌気が指してきてしまうので、とりあえず話を元に戻す。

 すると、ユウナは「あ、うん。えっと……」といきなりもじもじと恥ずかしそうにしていた。

 さっきのアホな三文芝居はノリノリだったのに、どうして本題に恥ずかしがるんだろうか。女心わからなすぎる。


「ん? 何だ?」


 顔を覗き込んで訊いてみると、彼女はちらりと上目でこちらを見て、こんな提案をしたのだった。


「……制服デート、したいなって。ダメ?」

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