第1話 蛟龍〜水の拳〜 第二十五節
静江が運転する車が御槌家の前の
「母さん、病院に行く前に日野さんの家に寄って貰っても良い?」
「良いわよ、それじゃ先にそちらに向かいましょうか」
娘の頼みに
平日でさえ交通量の少ない農道は、日曜日は更に車や人の姿は見えず、田んぼの農薬を撒く農家の人が停めている軽トラックが数台あるのみだった。
窓の外に見える雲の少ない五月晴れの空が気持ち良い。
程無くして車は
歩けば遠いのだが車だとやはり早い。
路肩に近い場所に停められた車の助手席から那美は降りると、
「じゃ、日野さんを誘いに行って来るから待っててね」
と静江に言う。
道を横断して日野家の玄関へ向かいチャイムを鳴らす。
中からパタパタとスリッパの鳴る音と、は〜いと言う声が聞こえて来た。照真の母・麻子の声だ。
次いで扉がガチャリと開く。
「おはようござ……」
「キャーーーーーーー!!那美ちゃん!!遊びに来てくれたのね〜〜!!」
那美が朝の挨拶をしようとすると同時に麻子は那美を抱き寄せると撫で撫でムニムニし出した。まるで格闘ゲームのコマンド投げのようだ。
「ど、どうもムニョムニョ……照真は居ますか?」
開幕からの凄まじい麻子の猛攻の
「居るわよ〜、それじゃお部屋まで行きましょうね〜」
いつの間にか靴を脱がされお姫様抱っこをされた那美は照真の部屋まで連行される。
恐るべき母親スキルだと言わざるを得ない。
「照真〜、入るわよ〜」
那美をお姫様抱っこしたまま照真の部屋のドアをノックした麻子は、返答を聞く前にドアを開けた。
「どうしたのお母さんこんな朝早く……から……」
ベッドに寝転んで漫画を読んでいた照真が、
「おはよう、照真、今日は父さんのお見舞いに行くんだが照真も一緒にふぇ」
病院への見舞いに照真を誘って来た那美に、スタスタと歩いて近寄った照真は頭を撫で撫でした。かわいい物好きな母娘の血は争えないようだ。
「病院だね、解った、着替えるね。それで那美ちゃんは車で来たの?」
Tシャツにショートパンツ姿の照真は、外出着に着替える為にワードローブを物色しながら那美に尋ねる。
「うん、母さんと一緒にね」
麻子に頭を撫で撫でされながら答える那美。
しかしこんな長時間小柄とはいえ高校生の那美をお姫様抱っこし続けられる麻子の腕力も凄い。
ライトグリーンのブラウスと紺のフレアスカートに決めた照真は、シトラスのコロンを噴いて白のベレーを被り、デニムのリュックを肩に下げると、
「お待たせ、それじゃ行こうか」
と言った。
「え〜、もっとゆっくり用意したら良いのに〜」
那美を抱きしめながら不満気に言う麻子。しかし照真は、
「外で那美ちゃんのお母さんたちにも待って貰ってるんだから、そういう訳にもいかないでしょ」
と言うと、麻子の手から那美を解放して、
「じゃ、行ってきま〜す」
と言いながら靴を履いた。
「それじゃ、また来ます、お邪魔しました」
那美もそう言いつつ靴を履く。その姿を見た麻子は残念そうに、
「ウチで車を出しても良いんだけど、今日は窓修理の業者さんが来て下さるから家にいないといけないの……那美ちゃん、また遊びに来てね……」
と寂しそうに言う。
「はい、また近い内に……それじゃ、行ってきます」
那美がそう言いながらペコリ、とお辞儀をすると、寂しそうな麻子の顔は明るくなった。
扉を閉め、待たせてある車に向かう。照真はもう後部座席に乗り込んでいた。
助手席側に回り込んで乗り込んだ那美は、シートベルトを締めながら、
「お待たせ、それじゃ、母さん、行こう」
と言った。
静江は車を出して、しばらく道なりに進み、山沿いの道へと合流した。
「この道ハ今朝走ッタ道ダナ、
ナディアがそう言うと、小菰は驚いたように、
「千丈ヶ嶽!!那美師匠とナディア
と言った。
「そうだゾ、更に那美なんてテツゲタを履イテ走っテいたンダ」
そう小菰に言うナディア。小菰は、ほぇーっ!!っと驚いている。
「鉄下駄なんて凄いね、足は痛くならないの……?」
照真が心配そうに那美に聞く。
「履き始めた頃はキツかったがもう慣れたよ、それにそろそろ新しい鉄下駄を作って貰おうとも思っている」
それを聞いた小菰が目をキラキラと輝かせながら、
「履き替えるんスか?だったら古い方の鉄下駄は小菰に譲って頂けないッスか!?」
と那美に言った。それを聞いた那美は、
「それは構わないが鼻緒は新調して足に合わせて貰わないとな、あと使い始めて慣れるまではトレーニングもしっかりしないと鍛錬以前に足を却って傷めてしまうぞ」
と答えた。それを聞いた小菰は、
「わかりましたッス!鼻緒とトレーニングッスね!!」
と鼻息荒く応えた。本当に楽しみにしてるようだ。
「小菰ちゃんも修行に興味があるんだね〜、それで、那美ちゃんはそうやって鍛えてたからガラスを踏んでも大丈夫だったのかな」
照真は何気無くそう言った。
すると静江が、
「ガラス……?那美、あなたガラスを踏むような事したの?」
と不思議そうに聞いた。
「それは……その……」
返答に詰まる那美。
照真はしまった、あの襲撃事件の事は言っちゃいけないんだった、と慌て、
「あぁ、あの、那美ちゃんがウチに来た時に私がコップを落として割っちゃって、そこを通ろうとしてた那美ちゃんがそのまま踏んじゃったんです、黙っていてごめんなさい!!」
と、静江に向かって頭を下げた。
「そうだったのね……照真ちゃんは怪我はしなかった?大丈夫?」
照真のその言葉に静江は照真を心配して尋ねる。
「はい、私は立ち
照真が答える。
「私も幸い尖った部分は踏まずに済んだみたいで、怪我は無かったよ」
那美は静江にそう言った。
「そう、それなら良かったわ」
静江は安心してそう言うと、ウインカーを出して府道426号線との交差点を右折した。
そのまましばらく426号線を進み、エッソのガソリンスタンドがある交差点に差し掛かり、車はガソリンスタンドへと入った。
いらっしゃいませー!!と威勢の良い店員の誘導に従い、静江は車を給油機に横付けすると、エンジンを切り窓を開けて、傍まで来た男性店員に、
「レギュラーガソリンを満タンに、カードでお願いします、あと給油後に洗車機もお願いします」
と言い、カードを渡して給油口を開けた。
「かしこまりました!車内のゴミや吸い殻もお捨てしておきましょうか?」
店員がそう尋ねると、静江は、
「いえ、大丈夫です」
と答えた。それを聞いた男性店員はカード番号を伝票に記入し、カードを伝票に挟むとポケットにしまい、給油作業に移った。
そして満タンに給油をし終えると、今度は洗車機へ誘導する。
静江はエンジンを掛けてゆっくり洗車機へ移動した。
そして店員の指示で停止をしてエンジンを切ると洗車機が動き出し、洗車が始まった。
「何だか車が動いてるみたいに見えるッス!!」
と小菰が言う。那美もいつもそう見えていたのでうんうん、と頷く。
10分程で洗車は終わり、店員が窓を叩き、静江が窓を開けると、
「ワックス掛けも致しましょうか?」
と言って来たので、静江は、
「いえ、大丈夫です」
と答えた。
そうして車を店の前に誘導すると、店員は伝票を静江に渡し、
「レギュラー満タンと洗車で3708円になります、サインをお願いします」
と言った。
静江が伝票にサインを記入し、店員に手渡すと、店員はカードを静江に返し、
「ありがとうございました!!」
と元気良く言って深々とお辞儀をした。
そして静江は車を出し、左折して426号線から国道9号線へ合流する交差点まで車を走らせた。
国道9号線に入ると、一気に行き交う車の量が
増して、隣の車線をスピードを上げて追い越して行く車も出てくる。
それらを意に介さないマイペースな安全運転で、静江は福知山駅の北西部にある福知山市民病院へと向かった。
病院の駐車場に着いて車を停止させると、静江は、
「みんなお疲れ様、着いたわよ」
と言った。
5人それぞれが車から出て、小菰は大きく伸びをしながら、
「ここに来るのも久しぶりッスねー」
と言った。
那美はその言葉を聞き、
「通院してたのか?」
と尋ねると、
「いやぁ、前に喧嘩を止めに入って、片方が刃物を出したんでちょー……っとエキサイトしてしまって、怪我をさせちゃったもんで、そのお見舞いに来てたんスよ」
とさらりと物騒な事を言った。
「小菰ちゃんも強いんだね!!」
照真が驚きながら言う。
「いやー、それ程でも……それに怪我をさせてしまうようではまだまだッス。那美師匠みたいに相手に怪我をさせずにその場を収められるように、もっと強くなりたいッス」
と真面目な顔で答える小菰。
「ウム、立派ナ心掛けダナ、Melhor Prevenir Que Remediarとも言ウシナ、敵ばかりヲ作レバ、やがて自ラニ返ッテ来ル物ダ」
うんうん、と頷きながらナディアが言う。
「ナディア姐さんも学があって格好良いッス!」
そんなナディアに小菰は素直に感心した。
そうやって話しながら歩いていく内に、病院の休日入口に着いた。静江が受付の看護婦に見舞いの来訪と伝え、中へと入る。
竜馬の入院している病室は、5階の南病棟だった。那美たちも静江に付いて行く。
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