善悪

@tentomushi

第一章 第一話 幸福

 母の声で起こされて、階段を下りると朝食が出来上がっている。僕は母の玉子焼きが好きだ。机には妹が座って黙々とパンを食べている。母が僕に気付いて「おはよう。」と挨拶をする。僕も「おはよう。」と返す。妹も僕に気付いて「お兄ちゃんおはよう。」僕も返して「おはよう。」

兄はまだ部屋で寝ているだろう。兄は幼い頃から病気を患っていてあまり学校に行けていない。だが自分の病気に絶望することなく、割と受け入れていて、それなりに病気である人生をそれなりに楽しんでいるようだ。僕たち兄弟にも優しく、両親とも良好な関係を築いている。

ふと僕は家を出ないといけない時間が迫っていることに気付いてパンを口に放り込み急いでバッグを持って玄関へ向かった。母が見送ってくれる。

 学校が終わって家に帰ると母の「おかえり。」という明るい声が聞こえてきた。母は機嫌がいいようだ。今日は父が一週間の出張から帰ってくる日だからだろうか。キッチンからいい匂いがする。母が鼻歌を歌いながら料理をしている。多分今日はご馳走だろう。妹がテレビを見ている。夕食が待ちきれないのか、父が帰ってくるのが待ちきれないのかこころなしかソワソワしているように見える。僕も今日はいつもより気分がいい。

兄が2階から下りてきた。

「お父さんまだ?」と聞く。

「もうすぐだって。」と母が答える。

兄が妹と一緒にテレビを見だす。僕も加わって一緒にテレビを見る。

「ガチャ」ドアが開く音がした。父が帰ってきたのだ。妹が一番に駆け出して、みんなで父を出迎える。

皆で食卓を囲むのは久しぶりだったが会話ははずんだ。妹の話に始まり僕の学校での話や兄の面白い話…食事を終えても会話は長く続いた。皆笑顔だった。僕自身も強い幸福感を感じていた。

しかし、今考えるとこのときは幸福すぎていた。出来すぎていた。まるでこの後に起こる不幸を暗示していたかのように…。

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