隣の水が蒼い日。

ももいくれあ

第1話

それは、カノジョ独特の朝だった。

そして、ワタシ特有の朝でもあった。

目覚めてから、数分、いや数十分は経ったであろう。

軽い吐き気と眩暈、ぼんやりした後味だけがスーッと通り過ぎていった。

そうは言っても、今朝も慌ただしく始まった朝なのだから、

キチンとしなくてはならなかった。

朝食は、食べる。

卵とベーコン、硬めのパン、コーンスープも欠かさなかった。

毎日のお決まりごと。

サラダは?

勿論、たっぷりいただいていた。

レタス、きゅうり、ズッキーニ、プチトマト、ディルにサーモン。

オリーブオイルと塩胡椒。

しっかりとした食事だった。

朝食の前には生アーモンド、生ピスタチオ、ローストヘーゼルナッツ。

これらを入れたフルーツジュースをいただいた。

バナナ、豆乳、キウイ、りんご、ニンジン、きなこ、黒胡麻も入っていたかな。

これだけ用意するのに、いったいどれだけの時間と労力を費やすのか。

午前中は、これだけできでば充分だった。

ほんとうにぐったりだ。

これだけで、終わってしまう。

こんなに沢山のあらゆる手を施した支度を終えて、

ようやくカノジョ、ワタシは、キチンとした朝を迎える準備ができたのだった。

これくらいしない限り、キチンとした朝にはならなくて、

1日を始められない。

少しでも、一つでも、何かがズレてしまえば、

イライラに似たモヤモヤが頭と足先を支配して、

ムズムズして座っていられない。

ジッとしていられなくなってしまうのだった。

今日一日のカノジョとワタシに、新しいシアワセが訪れること。

それが朝の始まりであり、朝の終わりでもあった。

あったかい風が窓からふわっと入りこみ、

心地よい空気感が辺り一面にやわらかく漂い、

ザワザワした私たちの朝をかき消してくれた。

ミキサーやジューサーやフライパンやトースター。

ありとあらゆる機材が楽器と化して音を織りなして、

賑やかな、豪勢な朝を迎えていた。

ワタシは落ち着きたかった。

食事だって、ほんとうは、ひとつもいらなかった。

栄養たっぷり、サイズたっぷりのジュースだって、

ほんとうはほしくなかった。

ただ、アーモンドとピスタチオさえあれば、

それだけで十二分だったのに、

カノジョがそれを許してはくれなかった。

決まりごとの多い朝に、キレイに整った食卓は、

一見すると、非常に健やかで、素晴らしかったし、

それは、もはやある意味においては紛れもない事実だった。

否定はしない。

ただ、ワタシにそぐわないだけだった。

緩やかな時間と気だるい朝。

低血圧、低血糖、低体温、低感情。

ワタシは低い数値を保ち、低い数域で水面を薄く泳いでいた。

広い部屋に置かれた、部屋のわりに小さい水槽に放たれたアロワナのように、

毎日を、そこで、いつまでも、だた、そうして、果てしなく、

行ったり来たり、1日中、一生、そうして暮らしていく。

そんなワタシに必要なのは、水槽の一歩外側に出ることだった。

ねぇ、聞いて。

お願い。

ねぇ。

聞いて。

ねぇ。

ねぇ。

聞いて。

聞いて。

ねぇ、お願い。

ワタシをもう、自由にして。

そこで息絶えたっていいんだから、

ねぇお願い。

水槽の一歩外側に、ワタシを向こう側に行かせて。

ねぇ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

隣の水が蒼い日。 ももいくれあ @Kureamomoi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ