俺は泳がせ釣りのエサ
古びた望遠鏡
第1話
「ピチャ ピチャピチャ」
俺は釣り上げられたアジだ。今、釣り上げられたアジだ。たった今、短い人生が終わろうとしているアジだ。
俺は、死ぬのだろうか。今、血抜きされて即死するのか。それとも調理される時、高温の油へスローされるのか。それとも包丁でエラを抜かれるのか。どれにしても残酷なものだ。
体長20センチのおれ。群れの中で一番速かったおれ。カサゴのメスに恋をしたおれ。
これまでの人生を振り返っていると、バケツの中へ放り込まれた。水だ。水だ。うれしい。俺はもう少しだけ生きれそうだ。
このプラスチックの壁を越えれば海に戻れる。自分より大きい壁だが、なんとしても飛び越える。跳ねろおれ。もっと跳ねろ。
そう頑張っているといきなり、掴まれる。もしかして出れるのか。キャッチアンドリリースの心を持っているお方だったのか。
「コイツは生きがいい。泳がせに使おう。」
メタボなおっさんが低いドスのある声で言う。ちなみに泳がせとは生きてる魚に針をつけて海に放ち、さらに大きい獲物を狙うことだ。ギャンブルのダブルアップみたいなものだ。
俺は口に針をつけられる。何と惨めなのだろう。自分の姿がバケツの水面にうつる。口に針があり、魚としての尊厳を踏みにじられている。
「ほら。行ってこい。」
俺は投げられた。5メートル下の水面に叩きつけられる。小さい小魚は驚き、逃げていく。
これからどうしよう。調理されることはほぼない。大型の魚に食べられることは自然界のピラミッドに沿っているからアジとして死ねる。その方がマシだな。だから俺は大型魚を探しに行った。
他の魚たちは口に針がついた俺を驚き、差別してくる。アイツは人間によって生かされている魚だと。それでもいい。とにかく大型魚はどこだ。俺を喰ってくれる魚はどこだ。
すると、遠くに巨大なブリがいた。自分より何倍も大きく、脂の乗った良いブリが。俺はすぐに向かった。そしてブリは俺に気づく。そしてこちらめがけて突っ込む。さらばだ。海よ。さらばだ。地球よ。母よ父よ今からそちらへ。
死を覚悟していると、ブリは俺ではなく。糸を食い始めた。違う、糸を切っているのだ。ブリは俺を助けようと必死なのだ。自然と涙が出てきた。こんな小魚のために頑張って人間に抵抗しているブリを見て。俺もできるだけ頑張った。するとついにブリは糸を噛み切った。
今までの張りもない。自由だ。ありがとうブリ。お礼を言わなければ。そして俺はブリの方を振り返る。そこには大きく口を開けたブリの姿があった。
俺は泳がせ釣りのエサ 古びた望遠鏡 @haikan530
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