第29話 奇跡も魔法もいらない

「せい君、ここに行こ?」


 少し歩いて神岡が指さしたのはゲームセンター。

 この町で唯一のそこは、放課後に多くの学生がたむろする場所だ。


「……人が多いところだな」

「あれ、もしかしてせい君は人がいないとこの方がよかった? それならおうち帰ってイチャイチャしよ?」

「あ、いやちょうどゲーセン行きたかったんだよ俺も。うん、ゲーセン行こう」

「そっか。じゃあ入ろ?」

「うん……」


 もちろん手を繋いだまま。

 入店すると、ワイワイとうちの生徒で店内は賑わっていた。

 当然、俺たちを見る目もあちこちに。


「おい、あれって生徒会長と副会長じゃん」

「ひゅう、手繋いでラブラブだなおい。いいなあ、さすがヤリチン」


 全部聞こえてるぞ。

 くそっ、なんでこんな目に遭わねばならん。


「せい君、ぬいぐるみ取りたいなあ」

「ぬいぐるみ? ああ、そこのでっかいのか」


 あれは……クマ? いや、猫? なんだろう、よくわからんが非常にでかいし家に置かれたら邪魔だ。


「せい君、あれ取って」

「とれるかどうかはわからんぞ。ああいうのって、アームも弱いし」

「でも、せい君が私の為に頑張ってくれただけで嬉しいもん。ね、やってみて?」

「わかったよ」


 まあ、一緒にプリクラ撮ろうとか、それこそ二人で並んでコインゲームとかをするよりはいいかと。


 百円を入れて早速クレーンゲームを開始する。


 とりあえずオーソドックスにぬいぐるみの真ん中へアームを落とす。

 ま、ずり落ちておしまいか、それとも上にあがっても、穴に向かう途中で落ちるのが定石。

 

 とれるわけが……あれ?


「あ、せい君とれそうだよ」

「ま、待て待てなんで?」

「あ、ほら、だって……わーっ、とれた!」

「とれた!?」


 取れた。

 うまくひっかかったせいか、たまたまアームが強かったのかは知らないが、数千円つぎ込んでもとれるかどうかわからないようなぬいぐるみがあっさりと。


 百円でとれてしまった。


「わーっ、せい君ありがとー!」


 落ちてきたぬいぐるみを拾い上げて神岡はぎゅっと抱き着きながら「奇跡だー、魔法みたいー」と、大はしゃぎだ。

 すると、俺たちの様子をちらちら見ていた連中が神岡のことをじっと見ながらぶつぶつと。


「神岡、可愛いなあ。くそっ、あんな美人といちゃつける会長が羨ましいぜ」

「でもあれを一発で取るとか、やっぱり会長はなんでも器用なんだな。ああいうところがヤリチンたる所以か」

「ああ、俺もぬいぐるみになりたい」


 指を咥えて、とはまさにこのことで。

 恨めしそうに俺を見てそいつらはさっさとゲーセンから出て行った。


「せい君、すごいね。ほんとに取ってくれるなんて愛の力だね」

「い、いやたまたま」

「愛が引き起こした奇跡だよ」

「ぐ、偶然だって」

「ううん、やっぱり私たちは運命で繋がってるの。せい君、このぬいぐるみさんに私たちのこれからをずっと見守ってもらおうね」

「……」


 うっかり奇跡的なパフォーマンスを見せてしまったことで、神岡が盛り上がってしまっている。


 こうなることはなんとなく読めていた。

 だから取りたくなかったんだよなあ。


「せい君、帰ろ? 今日は二回目のデート楽しかったあ」

「……」

「せい君?」

「か、帰るよ。なんではさみ持ってんだよ」

「タグ切るからだよ?」

「そ、そう」


 チョキンと、タグが切られた。

 いつもはさみで何かが切られるたび、股間が寒くなる。


 そしておおきなぬいぐるみを抱えて帰宅。


「せい君、今日この後はどうする?」

「どうするって言われても、飯食って風呂入ったら勉強して寝るだけだ」

「そっか。じゃあ今日は一緒にお風呂入ろ?」

「な、なんでそうなる。入らないぞ俺は」

「なんで?」

「だ、だからそういうのは順序ってものがだな」

「二回もデートしたのに?」

「た、たった二回だろ。それに、キスもする前から一緒に風呂入るカップルがいるかよ」

「いるかもしれないよ?」

「少なくとも俺はあまり聞いたことがないし、そんな淫らな関係は嫌だ」

「ふーん。じゃあ、今日もお風呂入りにいかない?」

「……いや、それもちょっと」

「じゃあせい君がお風呂入ったら勝手に一緒に入るよ?」

「い、行こうか、銭湯に」

「うん」


 というわけで神岡はいったん夕食の準備に取り掛かる。

 俺は部屋で勉強。

 ただ、こんな精神状態では全く集中ができない。

 一緒に風呂に入るとか、あと一回デートしたらキスとか、その先はお泊りとか。

 未知の領域すぎて正直な話、混乱している。

 考えないようにしようとしても、神岡はそこにいる。


 ここにいる。

 ずっと、そばにいる。


 いずれ押し切られるんじゃないかという未来が、顔を覗かせてくる。


 果たして俺はこのまま神岡に言われるまま、快楽に身を任せておぼれてしまうのだろうか。


 一体どうなるんだろう。

 これからのことを考えると、日課の参考書写しも全くはかどらず。


 夕食となった。



「せい君、あーん」

「……あーん」

「ふふっ、せい君も最近すっかり素直になったよね。もう、私との生活も慣れた?」

「人間に備わった環境適応能力ってやつだ。嫌でも状況を受け入れるようにできてるんだよ」

「嫌なの?」

「……そうじゃない、けど」

「そっか、よかった」


 彼女は今、プチトマトにフォークを刺して俺にあーんさせようと構えている。

 変なことを言えばそのまま喉を貫かれかねない。

 

 だから返事を濁したけど。


 嫌か、と聞かれれば果たしてどうなんだろうと考えてしまう自分もいた。


 確かにこうやって家事をしてくれる相手はありがたい。

 それに、神岡の料理はどれもうまい。

 さらに言えば仕事は有能で、美人でもある。


 メンヘラということにさえ目をつぶれば、もしかしたらすごくいい女なんじゃないかって、考えるようになっている自分がいる。

 

 きっと、これもこの状況を受け入れようとする人間の環境適応能力によるものだと。

 そう信じたいものだ。


「じゃあせい君、食べ終わったらすぐお風呂行こうね」

「そうだな。早く風呂に入りたい。あと、恥ずかしいから風呂に入ってる時は女湯から話しかけてくるなよ」

「えー、あれ結構楽しいのになあ」

「さ、さすがに周りの迷惑にもなるから。それは守ってくれ」

「はーい」

 

 くぎを刺しても、また別のところからくぎが飛び出してくるんだろうけど。

 できる限りの努力はしておく。


 今日はもし同級生がいても恥をかく心配がなくなったところで、俺はさっさと食事を済ませて神岡と風呂に向かった。

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