第7話 一週間は七日ですよね?

 ちゅんちゅんと鳥がさえずる鳴き声と、朝日が窓の外にまぶしく昇る。


「……徹夜してしまった」


 自己弁護するわけではないが、ムラムラしてとかじゃない。

 ただ、人の匂いがついたベッドが落ち着かなかっただけの話だ。


 しかし徹夜なんて、試験の時でも非効率的だからしないというのに。

 今日一日、大丈夫かと不安になってきた。


「おはようございます会長……って起きてたんですか?」


 で、日差しが窓から差し込んできたとほぼ同時に神岡は部屋に侵入してきた。


「おはよう……」

「あれ、元気ないですね? もしかして、してました?」

「なにをだ。いや、寝付けなかっただけだ」

「もしかして私がいなかったから? もう、そんなことならちゃんと言ってくれれば添い寝させてもらったのに」

「余計寝れんわ! あーもう。とにかく学校だから早く準備して出て行けよ」

「その前に朝ごはんですよ。もう作ってますので、一緒に食べましょ?」

「……」


 勝手にキッチンを使うなと大声で怒鳴りたい気分だったがそんな気力もない。

 それに、多分だけど勝手に母親の許可とやらを得てるんだろう。

 だから何を言っても無駄。

 今は大人しく朝飯を食って、さっさと出ていかせるのが先決だ。


 キッチンの食卓には焼きたてのパンとホットコーヒー。

 俺は無類のパン派、そしてコーヒーはホット、ブラックに限る。

 なるほど、俺の趣向は心得ているようだと感心したいところだが、なんで知ってるんだと勘ぐってしまう。


「……神岡さん、一つ聞いてもいいかな?」

「はい、なんですか? ちなみに交際歴はなし、男の人とは手を繋いだこともありませんが自分の性格的には夜の営みではエムかと」

「そんなこと聞いてない。ええと、俺と神岡さんって、俺が生徒会に勧誘したあの日に初めて話したよね?」

「ええ、そうですよ。会長からの熱烈なラブコールに心を奪われたのもあの日です」

「……そしてあの日から新学期まで、接点はなかったよな?」

「はい、会長ったらずっとご自宅で勉強ばかりですから。たまに出かけるコンビニや早朝のランニングの時くらいしかお姿を見せてくれませんもの」

「…………どうして俺の春休みの過ごし方を知ってるんだ」

「そんなの、ずっと見てたからですよ?」

「ず、ずっと?」

「はい。春休みの間は会長のことをもっと知ろうと思って、ずっと家の前の電信柱の陰に控えておりました」

「い、いや冗談だよな?」

「いえ、ほんとですよ? あ、よかったら私が記録した会長のプライベート写真見ます?」

「いや、結構だ……」


 うそでしょ?

 春休みって二週間くらいあったよ?

 その間ずっと、家の前で俺を見張ってたの?


 ……こっわ!

 単なるストーカーじゃん!


「あ、あの神岡さん」

「はい、なんですか?」

「こ、これからは家の前で俺を見張るのはやめてくれないか?」

「ええ、もうしませんよ」

「そ、それだと助かる」

「だって、もう会長のおうちに入る許可はお母さまからいただきましたし」

「い、いやそれもちょっと控えてもらえると嬉しいんだけど」

「節度を持って、週七回程度に控えておきます」

「ああ、それなら……いや毎日じゃん!」

「本当は週九日ほどにしたいのですが、会長のお勉強の邪魔にならないようにこれでも我慢してるのですよ?」

「……」


 とんだサイコ野郎だった。

 なんだ週九日って。

 俺は一週間のうちのどこか二日をループしなければならないのか?

 

「まあ、昨日会長が仰られたこともちゃんと覚えてますから。お仕事を頑張って、会長に認めてもらえるよう精進します」

「ま、まあそれは是非ともそうしてくれ。で、今日は学校に行ったらまず球技大会のだな」

「あ、その件ならもう終わりました」

「……え?」

「資料持ってきますね。ちょっと待っててください」


 てててっと部屋に早足で戻っていった神岡は、すぐに書類の束を持って帰ってくる。


「……それは?」

「昨日の夜のうちに、球技大会の設営マニュアルからトーナメント表、あとは競技のルール説明と審判係の当番サイクル、それに熱中症対策の経口飲料の在庫確認と優勝クラスに授与するトロフィーの発注書も用意しています」

「……はい? これ、全部やったの? 一人で?」

「もちろんです。愛の力ですよ」


 えへへっ。

 神岡は屈託ない笑顔を俺に向ける。


 そんな馬鹿なと、資料に目を通すのだがどこを見ても完璧だ。

 ていうか手書きなのに俺が作ったものより数段レベルが高い。

 エクセルをセクハラと聞き間違えていたやつの所業には到底見えん。


「……これ以上言うことがないな」

「ほんとですか? よかったあ、それじゃ会長、今日は放課後お時間できましたね」

「……いや、球技大会の次は」

「水泳大会ですよね。それの資料もすでに九割以上終わってますよ?」

「え、まじ?」

「はい。愛の力です」


 えへへへっ。

 さっきよりも嬉しそうに神岡は微笑む。

 

 一体どこまで先回りして仕事をしているんだと、感心する以前に怖くなる。

 ただ、このままだと押し切られてしまうのは明白だ。

 なんとか仕事を作らないと。


「……ええと、その次は、えー、夏休みだから」

「その前に期末試験に向けたテスト期間中の部活動の制限についての案内がありますよ? あ、もちろん作ってますけどね」

「参った……」


 降参した。

 お手上げだった。

 最近のバカなやり取りで忘れていたが、そういえば神岡は超がつく秀才だったのだ。

 俺だって元々頭は悪くないが、それでも死ぬほどの努力とテストの点数を取ることに特化した勉強法で、無理やり学年一位を維持してる感じだ。

 しかし勉強をして、ある程度賢い立場にいるからこそわかるが、神岡は多分地頭の良さが俺の比なんかじゃない。

 

 要領がけた違いにいい。

 そうでなければこんな大量の資料を、一晩で作り上げられるはずがまずない。

 ところどころ去年の使いまわしみたいな部分があるが、それも違和感がないし。

 ていうか今日の放課後にちょっと資料に目を通しただけでそんなものを全部覚えてるなんて通常の記憶力じゃ考えられない。


「……舐めてたな、正直」

「会長、それじゃ今日の放課後はお時間できましたね」

「い、いや、それは」

「できましたよね? ね?」

「は、はい……」


 バターナイフをぎゅっと握る神岡の目は笑ってなかった。

 怖い。

 それにこれ以上言い訳も思いつかず、従うしかなかった。


「それじゃ放課後は生徒会室でいっぱいお話しましょうね」

「そんなに話すことあるのか?」

「はい。会長の細部にわたるまで、知らないことがないようにじっくり質問させていただきます」

「なんの尋問を受けるんだよ俺は」

「えへへっ、想いの大きさだけ、質問も増えるんですよ」


 想い。

 いや、重い。


 ここまで神岡が有能だったのは正直嬉しい誤算だけど、あんまり仕事をさせすぎると辞めさせにくくなる。

 つまり神岡の思うつぼだ。


 それだけは避けねばならない。

 

 今日はどこかで神岡の目を盗んで、先の仕事を進めておこう。


 ……ほんと、頼むからそのバターナイフを置いてくれ。

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