幼馴染とお弁当

月之影心

弓波龍之介

 俺には幼馴染が居る。

 初めて出会ったのは小学1年になる直前。

 隣の家に引っ越して来た彼女は、それまで遊んできた他のどの子よりも可愛らしいけど何となくオドオドした感じで、何故か一目見た瞬間から『護ってやらなきゃ』みたいな印象を持った。


 彼女はよくうちに遊びに来ていた。

 一緒に食事をし、おやつを食べ、遊び、いつしか気安くお互いを『龍之介りゅうのすけ』『穂乃果ほのか』と呼び捨てで呼ぶようになったのは、彼女が越して来て1年程経った小学2年の頃だった。


『下の名前を呼び捨て出来るのは一番の友達だけなんだ。』


 単に、穂乃果にもっと積極的になって欲しかっただけのマイルール。


『だから俺は今日から”穂乃果”って呼ぶぞ。』


 少しだけ気恥ずかしい思いをしながら宣言したのを今でも覚えている。


『じゃあ私は龍ちゃんのこと”龍之介”って呼ぶね。』


 穂乃果が俺の一番深い所に足を踏み入れてくれた事を、俺は多分、一番の笑顔で応えていたように思う。


 多感な子供時代、周囲の友人からは相当冷やかされた。

 それでも俺は穂乃果を何よりも優先し、時に、穂乃果が冷やかされたりした時はそいつらと喧嘩した事もあった。


 中学生くらいになると、そういった子供たちも異性に興味を持つようになり、相変わらず可愛らしいままの穂乃果はたちまち人気者になっていた。

 友人が『七草ななくさ(穂乃果)って可愛いな。』なんて言ってくると、穂乃果が幼馴染である事に誇りを持つと同時に、穂乃果に余計なが寄って来ないようにと、登校や下校の時間を合わせて極力一緒に居る時間を増やそうとした。


 高校生になって、穂乃果は更に可愛らしくなり、学校でも一、二を争う人気者となっていた。

 高校入学と同時に数日と開けずに数多の男子から告白をされていたようだ。

 相変わらずオドオドしている風に見える穂乃果の事、押されたら断れないのではと心配した事もあったが、本人が言うにはそこはキッパリと断っているとの事で、多少安心もしていた。


 俺が穂乃果といつも一緒に居るので、『二人は付き合っている』と噂された事もあった。

 俺としてはその方が穂乃果に言い寄る連中が減って楽になる、くらいに思っていたのだが、穂乃果は『そそそそんな筈ななないでしょっ!?』と噛みまくりながら全力で否定していたので、ほんの少しだけ落ち込んだ事もあった。

 






 高校2年のある日、両親が結婚記念日に有給を取って旅行に行った。

 いつもならお袋が昼の弁当を作ってくれているのだが、居ない間は学食に世話になるしかない。




「今日はおばさん龍之介の母のお弁当じゃないの?」


「あぁ、親父とお袋が旅行に行っててな。帰って来るまでは学食だ。」


「そ、そうなんだ……」




 昼休みのチャイムと同時に学食へ向かおうとした俺に穂乃果が声を掛けてきた。

 何処かそわそわした感じもしていて、何か話でもあるのかと思っていた。




「どうした?」


「あ、えっと……実は……お弁当があるんだけど……」


「ん?」




 そりゃあ自分の弁当くらいあるだろう。

 穂乃果は料理が好きだって前から言っていたくらいだし。




「あ、いや!……その……お弁当……作り過ぎちゃって……」


「は?」




 弁当を作り過ぎたって何だそりゃ?

 弁当箱に入りきらないくらい作ったって、タッパーか何かに入れておけば晩にでも食べられるだろうに。




「そ、その……龍之介がどうしても学食に行くのが面倒なら……」


「え?いや、学食行くくらい別に面倒じゃないけど。」


「あ……じゃ、じゃなくて……その……」


「何だよ?面倒ではないけど早く行かないと席埋まっちまうんだ。」


「……これっ!」




 穂乃果が紺色の布でくるんだ塊を両手に持って俺の方に突き出してきた。

 顔は俯いていて表情は見えないが、塊を持った手や俯いて見える頭が小さく震えていた。




「これ?」


「そ、その……作り過ぎたお弁当……」


「え?くれるの?」




 穂乃果は俯いたまま小さく頷いた。

 何度か穂乃果の料理は食べた事がある。

 おばさん穂乃果の母直伝だろうけど、その辺のスーパーで売られている惣菜なんか比にならないくらい美味かったのを覚えている。




「マジ助かる。そうだ。どうせなら中庭辺りで一緒に食うか?」


「っ!?い、いいの?」


「あ~、無理にとは言わないけど。」


「む、むむむ無理なんかじゃないよっ!」




 妙に余所余所しい穂乃果に多少の違和感は感じたものの、考えるのは空腹を満たしてからでも遅くは無い。

 俺と穂乃果は学校の中庭へとやって来て、周囲を囲むように配置されたベンチに並んで腰掛けた。

 弁当箱を開けると、いかにも『男の子ってこういうの好きでしょ?』と言わんばかりのおかずがぎっしりと詰め込まれていた。

 俺の大好物である鶏の唐揚げは勿論、小さなハンバーグや柔らかそうな卵焼き、塩胡椒だけで味付けされた野菜炒めと、がっつり胃袋を抑えられそうなメニューだった。




「美味ぇ!」


「そ、そう?」




 口の中に放り込んだ鶏の唐揚げは少し濃い目に甘辛く味付けされていて、お袋が作るそれと甲乙付け難いくらいだ。

 いや、寧ろ親父向けに少し薄味にしているお袋の味付けより、俺としては穂乃果の唐揚げの方が好みですらある。




「前食った時も美味いと思ってたけど今日のも格別だな。」


「良かった……」




 無心で弁当に貪りつく俺の隣で、ほっと胸を撫で下ろす穂乃果にようやく普段の笑顔が戻っていた。




「はぁ~美味かった。ご馳走様。」


「お粗末様です。」


「とんでもない。お世辞でも何でもなく今まで食った弁当の中でもトップ3に入るくらい美味かったぞ。」


「そんな……褒め過ぎだよ……」




 穂乃果は照れたように笑いながら弁当箱を元の紺色の布で包んでいた。

 俺は穂乃果が水筒から入れてくれた冷たいお茶で喉を潤しながら、中庭の景色をのんびり眺めていた。




「あ、あのさ……おばさんって帰って来るの明後日だよね?」


「ん?あ~確かそうだったかな……ってよく知ってんな。」


「っ!……う、うちのお母さんがいいい言ってたから……」


「あぁ、お袋とおばさん仲いいもんな。」


「私たちが小さい頃からずっと……今で言う”ママ友”だもんね。」




 同い年の子供が居るお隣さんという事で、俺のお袋と穂乃果の母親は、穂乃果が引っ越して来てからずっと仲良く付き合っている。

 旅行に行く事だって、恐らく俺よりも先に言っていたに違いない。




「ふぃ~……さてっ!あと2時間!頑張るかなっ!」


「あ、あのさ……」


「ん?」




 腹も満たされ、ひと休み出来たので午後からの授業に備えて教室に戻ろうと立ち上がった時だった。




「どうかした?」


「も、もし……明日もお弁当作り過ぎたら……食べてもらえるかな……?」


「あ、うん……そりゃ有難い話だけど、作り過ぎないようにすればいいだけなんじゃないのか?」


「そ、そうなんだけど……多分作り過ぎちゃう……から……」




 料理上手な穂乃果が具材の分量を間違えるなんて事あるわけがないので、これは穂乃果の好意だと受け止めておくべきかな。




「分かった。じゃあ作り過ぎたら明日もお願いしようかな。」




 穂乃果が顔を上げて俺の顔を輝くような笑顔で見て来た。




「うんっ!」




 そんな穂乃果の顔を見ていると、明日も弁当を作り過ぎてくれるのかとついつい頬を緩ませてしまう。

 穂乃果がいつも嬉しそうな笑顔になってくれて、俺の腹が満たされるようにと願いながら。

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