第4話 美人先生と小さい頃の思い出

 琴姉は、俺より8つ年上だ。

 俺が6歳の時、琴姉は14歳だった。


 俺の両親は仕事の都合で土日に家にいないことが多かったから、そういう時に俺の面倒を見てくれたのが琴姉だった。


「たっちゃん、今日はお留守番だから、お姉ちゃんと遊ぼっか?」


 中学生時代の琴姉は、思春期に突入する前の当時の俺ですらぽーっとなってしまうくらいの美少女だった。


 俺を実年齢よりも幼く扱うのは、この時の俺のイメージを引きずっているからだろう。

 俺に物心ついた時の琴姉の年齢が中学生だったというだけで、実際はもっと昔から面倒を見てくれていたという話だから。


「たっちゃんは偉いね、パパとママがいなくても全然泣かないもん」


 琴姉が微笑む。


「わたしなんて小6まで一人でお留守番できなかったんだよね。うちって一軒家だし、家に誰もいなくなると静かすぎて怖くなっちゃってたから」


 琴姉が怖がりなのは、今も同じである。


「琴姉~、いいからあそぼうよ~」


 小学生になったばかりの頃の俺は生意気なガキながら、琴姉に懐いていたと思う。

 琴姉は俺が何を言っても優しくしてくれたし、何かと褒めてくれたからだ。

 多忙な両親から、俺は褒められた記憶があまりないのだ。


「そうだね、今日はわたしも一日中お休みだから、いっぱい遊ぼうね!」


 そうして琴姉と、昼過ぎまで楽しく遊んだ後。

 俺は保育園育ちのせいか、昼寝をする習慣が体に染み付いていた。


「あれ、たっちゃん、もう眠くなっちゃった?」

「ううん……まだぜんぜんだいじょうぶなんだけど……」


 ここで眠ったら、大好きな琴姉と遊ぶ時間が減ってしまう。

 それに、目を開けた時には琴姉がいなくなってしまう気がしていた。

 そんな気持ちから、俺は睡魔を抑えようとする。


「そんなこと言って、もう目が半分閉じてるよ?」


 琴姉が微笑む。


「ほら、わたしの膝を枕にしていいから」


 窓際の日差しを浴びながら、琴姉が曲げた膝をぽんぽん叩く。


「たっちゃんは、寝てる間にわたしがどこか行っちゃうのが嫌なのかな? でも大丈夫。こうやって膝枕してる間は、ずっとたっちゃんと一緒だから」


 琴姉のそんな言葉に俺は安心し、ぽてん、と倒れるように頭を乗せた。


 いつまでも寝転がっていたくなるくらい、最高の柔らかさを誇る太ももだった記憶がある。


「琴姉のひざ、ふわふわ」

「エッ!? もしかしてまた太った!?」


 自分から提案しておいて、太ももが柔らかいことにショックを受ける琴姉。


「うぅん、胸がまた太っちゃった感じがするし、腿だけやせるってことはないよね……」


 琴姉はスリムではないが、決して太ってはいない。

 ただ……胸と尻に膨らみがあるため、必然的にふっくらした体型に見えてしまうのだ。


「琴姉」


 悲しんでいるんだろうな、ということは俺にもわかった。


「琴姉のひざ、おれはやわらかくて好きだよ。すごくおちつくから、琴姉がいてくれてよかったって思う」

「たっちゃん……」


 きっと、悲しませたくない、という意図は、琴姉にも伝わったのだろう。


「ありがとう、たっちゃんは優しいね」


 琴姉は、俺を膝枕した状態で、耳元に語りかけてくる。


 琴姉の甘い匂いに柔らかい感触、そして、ふんわりとした声を浴びると、俺は体が溶け込むように安心して眠りにつくことができた。


 これが原因だ、と思った。


 俺の面倒を見てくれている時、琴姉はなにかと俺を優しく褒めてくれたのだが、そのたびに穏やかなお昼寝タイムに突入できていた気がする。


 琴姉の【声】は、俺に至上の安らぎを与え、だからこそ眠りに落ちやすくなり、その上で昔そうしていたように優しい言葉を投げかけられると、もはや睡魔に抗えなくなる。


「――原因がわかったのなら、対処だってできるということ……!」


 授業の終わりを告げるチャイムと同時に顔を上げた俺は、実にスッキリと晴れやかな気分だった。


「鈴木くん」


 目の前には琴姉(教師ヴァージョン)が、こめかみに怒りマークを浮かべて立っていた。


「またわたしの授業で居眠りをして。これは今日も、お説教しないといけませんね……どうしてニヤニヤしてるんですか?」

「いえ、なんでも」


 琴姉からは怪訝そうにされてしまったが、俺は、今後琴姉を悲しませることがない確信を得た喜びで、頬が緩むのを抑えられないのだった。

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