死凍 ①

 ケレックが、黒白の立方体が激しく揺れ動き、表面に罅が奔る。


 一本の罅が二本へ、更に三本に分岐し、ケレックを覆い尽くすと硝子が割れたように砕け散り、黒と白の欠片が空に舞う。


 「な―――あ」


 千年の知識が、千年間守り続けてきた叡智が、崩れ落ちる。光り輝きながら蠢く黒白を瞳に映したメイ一号はハルバードを握り締め、黒鉄を纏う剣士……アインを睨み付けた。


 ケレックに取り込まれ、生還した者は存在しない。統合者、或いは破界儀を持つ者でなければ立方体は触れた者の命を吸い込み、魂を干乾びさせる。内包された叡智を守る為の防衛機能が作動し、死に至らしめることが出来るのだ。


 だが、その防衛機能を突破出来る者が居ることもメイ一号は知っている。それは破界儀という世界を塗り替え、己の意思で染め上げる力を持つ者か、統合者と呼ばれるコントラクトゥムを刻む者。奴が……アインが破界儀を持つ強者であるのか? それとも統合者であるのか? いや、何方にせよ……殺さねばならない。


 ハルバードの刃が闇の中で煌めき、振り上げられた凶刃がアインを映す。倒れ込んでいる剣士の首を撥ね飛ばそうとした刹那、暗闇に紛れた暗器がメイ一号の手首に撃ち込まれ、鋭い金属音が響き渡った。


 「……バトラー、何をする」


 「メイ一号、それは此方のセリフです。アイン殿の首を撥ねようとしていた理由をお聞かせ願いたい」


 「紛い物の首を撥ねねばならん。この餓鬼はケレックを破壊した。事の重大さが理解出来ぬワケではあるまいな? バトラー」


 「……ケレックが破壊された、と。ならば今がその時なのでしょう。メイ一号、貴女こそ何故あの魔導具が壊れたのか知っている筈。事実を受け止めねばなりません。私達は……塔はもう不要という事なのです」


 魔導機関が唸りをあげ、魔石回路の生み出す魔力がメイ一号から噴出し、虚ろな瞳に轟々とした殺意が……溶け出した鋼のような激情が浮かび上がる。


 塔がもう不要だと? 


 私達が不必要だと?


 来たるべき時が己等の存在を不必要と断じるのなら、この瞬間に廃棄されることが決まっていたいたのなら、塔とケレックを守る為に散った姉妹達の死は無駄ということなのか? ただの捨て鉢と、捨て駒となる運命にあったという事なのか?


 認めない。そんなことは、認めてはならない。魔導人形たる己等……主に作られた存在だとしても、メイ一号は憤怒を胸に歩き出す。


 「メイ一号、私は貴女が羨ましい」


 「……」


 「魔導人形である筈なのに、怒りを覚え、創造主に憎悪の炎を燃やせる貴女が実に羨ましい。その魔導鋼に包まれた鋼の下に在る魔石回路が魔力を発し、人らしい感情を発露する人工脳は最早神秘の塊なのでしょう。メイ一号……貴女と私達は既に別物なのですよ」


 「……黙れ」


 「貴女が面倒を見て、可愛がっている愛玩動物……失礼、現行世界の生物、魔族の名は何でしたでしょう? あの涙を流す肉塊の名など私には心底どうでもいい存在、見てくれは人と同一であり、話す言語もまた同じ……。

 千年前には存在しなかった生物を受け入れる事など私……否、他の魔導人形でも不可能だった筈なのに、貴女は不器用ながらもアレを人と認識した。そんな貴女をどうして私達と同じ魔導人形と言えましょうか?」


 「黙れ!!」


 地を駆け、怒りのままにバトラーへ刃を振り下ろしたメイ一号は叫ぶ。


 「この世界は王の伴侶……裏切りの聖女が創り直した世界だと貴様も知っているだろうが!! ならば、この世に存在している人もまた過去の、千年前の命と同じ筈!! 王と彼の四英雄が帰還するその日の為に私達は存在している!!」


 「言っていることが滅茶苦茶ですね、メイ一号。あぁ、そのハルバードを振り下ろさない方がいい。貴女のペットを傷付けられたくはなければね」


 「ッ!!」


 奇妙な違和感。目の前のバトラーが何故……戦闘機能を持たない魔導人形が武器も取り出さずに立っているのか、瞬時に理解したメイ一号は刃を寸でのところで止め、激情に濡れた瞳で睨み付ける。


 「貴様……!!」


 「ほら、名は何でしたっけ? あぁどうでもいい事でした。……魔族、貴様が会いたかったアイン殿は其処に倒れている。見えているか?」


 視界が点滅を繰り返し、色とりどりのノイズが奔ると同時にメイ一号は両目を押さえ、頭を振るう。


 「私の目を―――奪っていたのかッ!?」


 「戦闘で貴女に勝てると思っていませんからね。身の程を弁えているのですよ、私はね」


 真正面からの戦いではバトラーに敗ける筈が無い。戦闘能力に秀で、魔導義肢の扱いに長けた己ならば、一分あれば彼の四肢を砕き、人工脳が詰まった頭部を破壊出来ただろう。


 故に、バトラーは一つ敬愛する姉に策を弄した。ケレックが鎮座する大空間に足を踏み入れた瞬間、前を歩くイーストリアをバトラーだと認識するようメイ一号に対して罠を仕掛けたのだ。


 「め、メイさん、わ、私、は」


 「……」


 「その、今まで、お世話になりました……。あの、わ、私は、アインさんと一緒に、外へ行ってみようかと思います……。あ、あの、メイさんさえ宜しければ、わ、私と一緒に、行きませんか?」


 僅かに戻りつつある視界に白髪の少女を映したメイ一号は舌を打ち、馬鹿馬鹿しいと吐き捨て。


 「私がお前と共に旅立つだと? イース……それは出来ない。余りにも、馬鹿馬鹿しい。私は」


 「この塔を、ケレックを守らねばならない……そう言うつもりだな? メイ一号」


 意識を取り戻したアインは真紅の瞳にメイ一号とイーストリアを映した。

 

 

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