笹の葉ラプソディ

佐々木 煤

三題噺 「風が吹き抜ける竹林」、「本棚」、「瞬きする」

夏休みの度に、都心に住む祖父の家に遊びに行く。祖父は出版の仕事についていて、一室を書庫にするほど本が好きだ。私も祖父が集めた、図書館で見るような古びた本や海外の挿絵が煌めいている絵本、時代を感じる雑誌などなどを読むのが好きだった。三方の壁に天井まで本棚が置かれ、大窓の下にハンモックのような椅子と小さな机があってとても居心地が良かった。

小学生の頃、なんで本が好きなのか聞いたことがある。祖父は本棚見つめながら答えてくれた。

「昔、おじいちゃんが出会った人に本を貰ってね。それから本が好きになったんだ。」

思いがけない恋話が聞けて少し気恥ずかしくなったけど、幼いながらに何だかその子に嫉妬してしまって。

「じゃあ、私がその子になる!本を沢山読んでおじいちゃんに好きになってもらうの!」

祖父は素っ頓狂な私を笑って撫でてくれた。

高校生になった今は1人で祖父の家に行くようになった。祖父は合鍵をくれ、いつでも来ていいと言ってくれた。都心の高校に進んだ私は学校帰りに書庫へ寄るようになった。

ある日のこと。いつものように今日読む本を選んでいると、右の壁側の本棚からひゅーっとすきま風の音が聞こえた。本棚の向こうは壁のはずだ。どこから風が吹いているのか確かめようと本を数冊右手に持って引いてみる。するとページが吹き飛ぶような突風に身を包まれた。驚いて瞬きして、持った本が飛ばないようにしっかりと両手で持つ。目を開くと竹林にいた。

青々とした立派な笹から光がこぼれ落ちる。遠くでチチチッと鳥たちが鳴く音だけが聞こえている。私は確かに都内の祖父の一室にいたはずだ。その証拠に本を数冊両手に持っている。何も考えられず呆然としていると、後ろからガサガサと大きなものの移動する音がした。

「こんなとこで何をしてるんですか?」

振り返ると、短パンとTシャツのようなものを着た小学生くらいの少年がいた。

「何って…本を読んでたの」

「山の中で?」

「風の音を聞きながら読むのもいいものだよ、特に宮沢賢治は物語の中にいるように感じられる。」

ふぅんっと少年は頷いた。まぁ、スマホは持ってるし人はいるし何とか帰れるだろう。今はこのいい天気を楽しむことにした。

「こっちにおいで、1冊貸してあげる。」

少年はおずおずと近づいて隣に座った。宮沢賢治の短編を渡し、私は銀河鉄道の夜を開いた。ハンモックの上で寝ながら読むのもいいけれど、自然光の中で読むのも気持ちいい。少年も真剣に読み進めていた。

物語も中盤に差し掛かった時、風が竹林を吹き抜けた。ページがバラバラとめくれ上がった。すると私はいつものようにハンモックで寝ていた。ドアを叩く音がする。

「おや、寝てたのかい?」

祖父が入ってきた。いつの間に寝てたんだろう。あれは夢だったのだろうか。けれど、床には一枚の笹の葉と手には銀河鉄道の夜があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

笹の葉ラプソディ 佐々木 煤 @sususasa15

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る