「ぱちんと弾けた」で始まって、「一人きりは嫌だった」で終わる物語

山のタル

「ぱちんと弾けた」で始まって、「一人きりは嫌だった」で終わる物語

 ぱちんと弾けた。


 「……まただ。また失敗した……」

 

 弾けた残滓が漆黒の空間に消え行く様を見て、僕は悔しさに声を漏らす。

 これで何度目の失敗だろうか?

 ……最早数える気力すら消失していた。

 

 僕は自分の無力さが嫌になる。

 頭上に無限に広がる漆黒のキャンパスに、僕はまだ何一つとして輝きを宿せていない。

 このままだと、僕は何のためにここに居るのか分からなくなる。


 「……やっぱり、僕には向いてなかったのかもしれない……」


 度重なる失敗に心が落ち込む。

 自分には向いてないのだと、才能の無さを攻める自虐心が顔を覗かせる。

 いっそのこと、こんなこと放り投げてしまおうか……?


「……いや、ダメだ。これは僕に与えられた使命だ。これを投げ出して逃げたら、それこそ僕が僕でなくなってしまう!」


 そうだ。これは僕が成し遂げなければならない使命だ。投げ出すなんて出来ない!


 パンッ――。

 

 僕は両手で頬を強く叩いて気持ちを入れ直す。


「よし、やるぞ!」


 それから僕は必死になって頑張った。

 何度失敗しようともあきらめなかった。

 何度も何度も何度も何度も何度も失敗して、その度に何度も何度も何度も何度も何度も試行錯誤を繰り返した。


 そしてどれ程の時間が経っただろうか……ついにその瞬間が訪れた。


「――や、やった! 成功だぁああ!!」


 僕の視線の先には漆黒の空間に浮かぶ、一つの光の玉が出来上がっていた。

 外殻も中心出力のどちらも安定している。

 まさに完璧な仕上がりだ。


 これが、僕が初めて成功した《世界の創造》だった。


 それからコツを掴んだ僕は無我夢中に世界を沢山創った。

 創って創って創りまくった。

 すると漆黒だった空間が沢山の光の玉で満たされ、僕はその眩さに目を奪われる。


「……凄い。まるで満天の星空だ! これを僕が、全て僕が創り出したんだ!!」


 その事実に僕の全身は高揚感に包まれた。

 いや、これは達成感というべきかな?

 どちらにしてもこの時の僕は最高の気分だった。


 それから更に時間が経過した。


 僕は世界の創造という作業にも慣れてきて、今はもっぱもっぱら観察にふけっている。

 創り出した世界を観ているのはとても面白かった。

 創った世界が安定すると、後は自動的に世界の中で様々な変化が起こっていく。

 そして最終的に登場するのが、僕と同じ姿をした“人”だ。

 人という言葉で一括りにするには彼等は多種多様な文化を持っていた。勿論世界によってその細かい体系は異なるが。

 様々な思想、様々な環境、様々な思惑、様々な進化。

 それらが複雑に絡まり合い、同じ人でも世界によってここまで違いが出る物なのかと感心した。

 僕は夢中になって人の作る世界を観察した。

 

 更に時間が流れる――。


 いくつもの世界が終わりを迎え、その度に僕が新しく創り出し、また人が誕生して新しい文化を作る。

 その流れは最早定番化していた。

 だけど不思議と飽きは来なかった。


 そして、更に時間が流れる――。


 僕はあることに気付いた。

 今までは観察するだけだったけど、僕が力を使って世界に干渉すると、そこから彼等の文化に爆発的な革命が起き始めることが分かった。

 超常的な現象を『神の力』だと宗教的な観点で語り始め、それが世界に広がると、なんとその世界に本当に“神”などというものが誕生し始めたのだ。

 これは凄い発見だった。

 神というものが誕生すると、そいつらは勝手に力を使って世界に干渉し始める。

 最初こそ僕の創った世界を勝手にいじられるのは腹が立って、その世界を消滅させたこともあった。

 でも観察を続けると、そういった神が誕生した世界は文化的な発展を遂げていったのだ。

 

 どうやら、人にとって神という存在は、とても重要な役割を占めているようだった。


 それから僕は更に観察を続けた。

 神のいる世界と神のいない世界。

 そのどちらも創り出して、比べてみたりもした。

 そうして何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も――。


 ――僕は、世界を創り続けた。


 幾億もの世界が生まれ、そして消えていった。

 その度に僕は新しい世界を創った。


 「……だけど、それももう限界、かな?」


 何時からだろうか、いつの間にか僕は世界を創る力を失っていた。

 それに気付いた時の絶望感は大きかった……。

 だけど今は、何とか受け入れることが出来ている。


 漆黒を埋めていた光の玉も、今では最後の一つになってしまった。

 僕はその最後の一つになった世界を、僕が創った最後の世界の輝きを目に納める。

 それは、僕が最後に作った最高傑作ともいえる世界だった。


「……美しい。ああ、これこそ僕が求めていた輝きなのかもしれない……」


 漆黒の中に一つだけ輝く光は、とても明るく、眩かった。

 

 「……そう言えば、最初に世界を創った時もこんな感じだったけ?」

 

 あの時、世界の創造に初めて成功した時の光景は今でも忘れていない。

 あの時も漆黒の中に一つだけ浮かぶ世界は眩しかった気もする。


「でも、今の方が輝いて見えるのは、僕の技術が上手くなった証拠かな?」


 そう言って笑ってみるが、これ以上新しい世界を創れない事実に自分が滑稽に思えてくるので、直ぐに笑うのを止めた。


 そして僕は再び、最後の世界の鑑賞を続けた――。


 ――――――

 ――――

 ――


 世界の輝きが失われ始めた。

 世界の消失が始まったのだ。


 世界の消失が始まれば僕には止めることは出来ない。

 それは寿命と同じで、自然の摂理だからだ。


 最後の世界は徐々に輝きを失っていく。

 まるで命の灯火を使い切ろうとしているかのように。


「……僕の役目もこれまでのようだ」

 

 こうなればもう止められない。

 僕には見ている事しかできない。

 だから僕はじっと世界が消えて行くのを、最後の世界が消滅する瞬間を目に焼き付ける。


 やがて世界の光が漆黒の空間に負け始める。

 

 「……もうそろそろだな」


 これまで幾億と見た光景だ。

 そこに感情は無い。

 ……無いはずなのだが、胸が痛い。

 何故だ?

 ……分からない。

 僕は世界を創り出す存在だ。それ以外の何者でもない。


 ……じゃあ、その力を失って、創った世界が全て消滅したら……僕はどうなるのだろうか?


 ふと、そんな疑問が僕の心を支配した。

 ……分からない。それこそ分からない。

 一体どうなるんだ?

 この何もない漆黒の世界で、僕は何もできずにずっと暮らすのだろうか?

 それとも、最後の世界と一緒に僕も消えてなくなるのだろうか?

 ……そもそも、僕という存在は一体何なのだろうか?


「……分からない」


 僕は膝を抱えた。

 急に怖くなってきた。

 その恐怖に押しつぶされそうだった。

 僕という存在がどうなるのかというよりも、僕という存在は一体何のためにいるのだろうか。

 その漠然とした答えの出せない恐怖が、僕を押しつぶそうとしていた。

 

 僕は恐怖から逃れるように最後の世界を見た。

 今にも消えてしまいそうなくらい、輝きを失った世界。

 まるで今の僕の様だ。


 ピカッ――。


 その時、一瞬だけど世界の光が強くなった気がした。

 僕は目を擦ってもう一度よく見る。


「……気のせいかな?」


 世界に変化は無かった。

 世界の輝きは徐々に失われていて、もうすぐ崩壊が始まりそうな雰囲気だった。


 もしかしたら、そう見えたのは世界の最後の力を振り絞った輝きだったのかもしれない。

 今までもそんなことがあったかの記憶は無いけど、僕が気付かなかっただけかもしれない。


「……まさか最後に新しい発見をするなんてね。本当に世界は、最後まで僕を楽しませてくれる……」

「――最後? おい、最後とは、どういうことだ?」

「――ッ!?」


 突然、背後から声が聞こえて来た。

 驚いて振り向けば、そこには小さな光の球が浮いていた。

 ……なんだこれは? これは何だ?

 今までにない未知の経験に、僕の脳はフリーズした。

 この光の球が、今、僕に話しかけて来たのか!?

 

「い、今話しかけて来たのは、君、なのか……?」

「そうだ。他に何がいるって言うんだ?」

「うわぁ!?」


 僕は咄嗟に後ずさりした。

 誰かに話しかけられるなんて、今まで経験したことが無い。

 こいつは何だ? 何でここに居る?


「君は一体……!?」

「私は、“アルカナマスター”。世界の旅路を終えた者だ。長いから“アルマ”とでも呼んでくれ」

「アルカナ、マスター?」


 聞いたこともない単語だ。


「そういうお前は何だ?」

「えっ?」

「えっではない。私は名乗ったぞ。お前は何者だ?」

「ぼ、僕かい……僕は――」

 

 そこで気付いた。

 僕には名前という物が存在していなかった。

 僕はただ、世界を創造するだけの存在なのだから、そこに名前なんてなかったし、誰かに呼ばれることも必要としていなかった。


「……僕には、名前が無い……」

「何、名前が無いだと? じゃあお前は何者なんだ? ここで何をしているのだ?」

「僕は、ここで世界を創っていた」

「世界を創るだと?」

「うん、そうだよ。……でも、その力もとっくに無くなった。今はあるのは、あそこにある僕が最後に作った世界だけ。それももうすぐ、消えてしまう……」


 僕は今にも消えそうになっている最後の世界を指差した。

 アルマはそれに近づく様に浮かび、しばらくして僕の近くに戻って来る。


「成る程理解した。あそこにあるのは私がさっきまで居た世界だ」

「なんだって!? じゃあ君は、世界から抜け出して、ここに来たというのかい!?」

「そうなるな。少なくとも私はそのつもりでここに来たのだ」

「そんなバカな! そんなこと今まで起きた事が無いのに!?」

「だが私はここに居るぞ」


 ……そうだ、アルマの言う通りだ。

 現にアルマはそれをしてここに居る。

 今までどの世界でも誰も成し遂げていなかった、世界を飛び越えて僕の所に来るというあり得ないことを。


「……もしかして、さっき一瞬あの世界が光ったのは、君がここに来た瞬間だったのか?」


 いやそう考えれば、光ったタイミングとアルマがここに現れたタイミングが一致する。

 おそらくこの考えに間違いはないだろう。


「それより、まだ私の質問に答えてもらっていないぞ」

「えっ?」

「さっき最後と言っていただろう。あれはどういう意味だ?」


 ああ、そう言えばそんなことを聞かれていたっけ。


「そ、そうだたね。うんいいよ、話そう。ここで会ったのも何かの縁だろうね。その代わり君の事も聞かせて欲しいな」

「まあいいだろう」


 そうして僕とアルマはお互いの事を話し合った。

 僕がここで沢山の世界を創ってきたこと。

 その力が無くなり、もう世界を創ることが出来なくなったこと。

 最後に創った世界が、アルマのいた世界だったこと。そして、その世界がもうすぐ消えてしまう事を――。

 

 逆にアルマの世界の事は僕にとってとても新鮮だった。

 僕は普段から世界を覗く側だった。

 だからアルマの世界の中から観た世界の話はとても興味深くて面白かった。


「あっ」


 そうこうしている内に、最後の世界が終わりを迎えようとしていた。


「見てアルマ。世界が終ろうとしているよ」


 そう言われてアルマも最後の世界に目を向ける。

 実際アルマは光の球なので見ているかどうかは分からないが、何となく見ている気がした。


 ぱちん――。


 そんな音を出して、最後の世界が消失した。


「……終わったね」

「あれでか? 世界の終わりと言うから、もっと派手な物を想像していた」

「そうかい? ……いやそうなのかもね」


 僕からすれば見慣れた光景だけど、確かにアルマからすれば、さっきまで自分が居た世界が消失したんだ。

 そこに思い入れもあっただろうし、世界の終わりと言ったら普通はもっと派手な事態を想像するのかもしれない。


「でも、こんなものだよ」

「そうか……こんなものなのだな」


 アルマは腑に落ちないと言った様子だが納得はしたようだ。


 僕は最後の世界があった場所をもう一度見上げる。

 そこには本当に何もなくなっていた。


 ……本当に、終わったんだ。


 不思議とそれくらいしか、感想が出て来なかった。


 バタン――。


 突然僕はその場に力無く倒れた。


「おい、どうした!?」


 アルマが僕を覗き込んでくる。

 僕も突然の事で、何が起こったのか分からない。


 ……でも、不思議と、これからどうなるのか、何となく理解していた。


「大丈夫だよアルマ。これも想定していたことの一つだよ。……やっぱりこうなるんだね」


 ふと身体を見れば、ゆっくりだけど僕の身体が薄く消え始めていた。

 

「どういうことだ?」

「思えば簡単だよ。僕は世界を創る為にここに居たんだ。だったらその力を使い果たして、創った世界が全て消えれば、僕も役目を終えると言う事さ」


 そう。何も不思議な事じゃない。そう考えれば自然なことだ。

 あわよくば、と他の可能性も考えたけど、これが最も自然な終わりなのだ。

 不思議と、僕の中に後悔は無かった。むしろやり切ったという清々しい気分だった。


「……お前が消えたら、私はどうなるんだ?」


 アルマがそんなことを聞いてくる。

 確かに、それはどうなるんだろう?


「……分からない。でも、君なら何とかなる。……そんな気がする」

 

 アルマは幾億もあった世界の中で唯一、この場所に辿り着く奇跡を起こしたのだ。

 もう一度くらい何かしらの奇跡が起きても不思議じゃない気がした。


「……アルマ。君と出会って話したのは、ほんの少しの時間だった。でも僕には、その時間は何物にも代えられない特別な時間だったよ」

「……」

「今になって分かったよ」

「何がだ?」

「君に奇跡が起きた理由だよ。きっとそれは……僕が寂しかったんだ。その気持ちが、結果的に君に奇跡を起こしてここに連れて来た。僕はそう思うんだ」


 これは予測でも何でもない。ただの僕の願望だろう。

 アルマが僕の前までやってきた事実を、そう思いたいだけだ。

 ……でも、それでいい。僕がそう思いたいんだ。


「……そうか。一人きりは嫌だもんな」

「……うん、そうだね。きっとそうだ。……僕は、きっと、一人きりが嫌だったんだ……――」


 それが、僕が最後に理解した、新しい事だった――。

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「ぱちんと弾けた」で始まって、「一人きりは嫌だった」で終わる物語 山のタル @YamanoTaru

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