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 この状況で、私に上手にごまかしたり、嘘をついたりすることは無理だ。そんなことをして後になってバレようものなら、それこそ、どうすることもできそうにない。私は覚悟を決めた。


「こ、こんなことを言っていいのか……怒らないで聞いてほしいんだけど……あの、さっき、私、ジュースを買いに自販機まで行ったんだけど、そこでね、石田君に会って」


「やっぱり!!!」


 怒るどころか嬉しそうに、ユリちゃんは両手をパンと打ち鳴らした。


「や、やっぱり? っていうのは?」


「私ね、宏樹は生きてると思ってたの! 宏樹はやっぱり、死んでなんかいなかったんだわ!」


 ふふふっと笑いをこらえ切れないで、ユリちゃんは打った両手のひらを口元へ持っていき、押さえる。


 いや、死んでるだろ。そこに遺体があるのだから……なんだこの人、怖い。顔が引きつるのを隠そうとする私も、そっと顔に手をやった。


「ごめんね、実理ちゃん。驚いたでしょう? でも、やっぱりと思ったら、つい……まさか、実理ちゃんが宏樹に会っていたなんて……」


 ユリちゃんは正気かもしれない。わかっているのだ、私の心がドン引いているのを。


「あの、いや……なんていうか、ユリちゃん、さっき言ってたよね? 石田君は、竹藪で遺体が見つかっていて、警察も遺体を確かめたって。それに現に、石田君の遺体はそこに……石田君は亡くなっているよね? 私が自販機で見たのは人違いだった……」


「そんなはずはない!!!」


 ものすごい剣幕で、ユリちゃんの両目の端は、はち切れんばかりに開かれている。


 私の心臓は今にも張り裂けそう。ちょっと座りなおして深く息を吐き、心の準備をした。


「確かに、ここに宏樹の遺体はある。だけど、それは全部じゃないのよ」


「ぜ、全部じゃない?」


「体中の血液、お腹の中の全ての内臓と、眼球が無くなっているの。どこにも無いのよ。しかも、体には小さな傷ひとつない。傷ひとつなくて、どうやって血液や内臓、眼球まで取り出せるの? これじゃあ、自殺とも他殺とも、とても言えないわ」


「そんな……」


 そんなこと不可能だ。ユリちゃんは私をおちょくって遊んでいるのか。私をどこか馬鹿にして、適当なことを言っているのだろうか。


 そんなことも頭をよぎる。けれど、ユリちゃんの様子からはとてもそんな風には見えない。


「で、でも! 遺体は、石田君の遺体はそこにあるわけで、死んでないことはないよね? 血液や内臓がごっそりなくなれば、人は生きられないし」


 私は思い切って言った。


 自販機で石田君と会ったのは勘違いだ。石田君でない、きっと誰か他の人だったのだ。もしくは、全て私の妄想で、誰とも一切会っていなかったのかもしれない。


 石田君の亡骸はそこにある。しかも、眼球や体中の血液、そして、全ての臓物が無いのであれば、なおさら生きているわけがない。


 私の発言にユリちゃんは何も答えず、また中途な沈黙はやってくる。思い出したように、私の鼻腔に線香の臭いが漂いだした。




「おばんでがんす……」


 この広い和室の障子の外、どこからか呼びかける声がした。


「あっ、はーい……実理ちゃん、ちょっと待ってて」


 ユリちゃんは何者かに返事をすると立ち上がり、急いで出て行ってしまう。


 私は白い布をはがされたままの石田君と残された。


 あまりその顔を見ないようにしていたが、やっぱり目はつい、そちらへいってしまう。


 ただ目をつむって、石田君は眠っているだけのように見える。


 もしかして、ユリちゃんはそういう意味で、まるで生きているように見えるから、亡くなったという実感がわかないよねという意味で、石田君は生きていると言ったのか……だとしたら、見当違い甚だしいことを私は言ってしまった……


 いやいや、それは違う! だって、私が自販機で石田君に会ったと言ったら、ユリちゃんはやっぱり生きていると思ってた、と言ったのだから……ユリちゃんの真意はたぶん、石田君は今もどこかで生きているということのはずだ。


 それにしても、ユリちゃんはどうして、石田君は今もどこかで生きているなんて考えるのか。本当にそう思っているの? そもそも本当に、石田君の体には血液や内臓や眼球は無いのか……


 全部ユリちゃんの嘘または妄想なのだろうか。石田君が死んでいるということだけが事実だったりするのだろうか。


 何もわからない。というか、今のこの状況は一体なんなんだ? 私は誰にも会わずジュース一本を買いに、散歩に出ただけじゃなかったっけ?


 どうしてこんなにストレスフルな環境に身を置いているんだ、私。おかしいじゃないか。私が何か悪いことでもした? なんでこんなに気を遣って……


 はぁ、やだ! イライラする……イライラするし意味もわからないし、次にユリちゃんがこの部屋に戻ってきたら、私は帰る! うん、そうだ、帰ろう! ぶっちゃけ、石田君はもちろん、ユリちゃんにもたいして義理はないはずで。何か助けてもらったとかもないわけで……そもそも二人が結婚してたことだって知らされてないんだし。うん、なんの義理もないわ。オッケー! 帰ろう! なんだって、どうだって、意味わかんなくてもいいから、私は帰る!!!




「実理ちゃん」


 不意に名を呼ばれ、私の心臓は跳ね上がった。

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