第3話
今思えばあの頃の私はうぶだった。今ではもう見慣れたもので品評会なんぞする余裕はあるがもちろん見たくない。
中にはそんなことをせずただただたわいもなく世間話や話を聞いてほしいという男性もいてそれは楽しかったし女子校育ちで元彼数人と夫以外の男を知らなかった私にはいろんな男の人が世にいるのかという社会勉強にもなった。
最初は肌を露出するだけでも抵抗があったのに今はもう一糸纏わぬ姿を見せるのが当たり前だしどうってことはない。
じゃないと私、私たちは生きていけなかったから。
最初はほんのお小遣い稼ぎ、で数時間だけ仕事して……次第にがっつり稼ぐようになるのだが理由はあった。
それは夫が原因である。
もともと大学を卒業して地元のOLをしながら劇団に入っていた。そこの先輩である橘綾人からの熱烈な愛を受け結婚。
しかし綾人からは劇団も仕事もやめて専業主婦になってくれと言われた。
当時親の過保護に悩んでいた私はとにかく親から逃げたいという気持ちがあった。だから綾人との求婚にオッケーをしてしまった。でも仕事も……夢見てた舞台女優の道も閉ざされたら……。
「僕が稼ぐから働かなくていいんだよ。だからサポートしてほしい。劇団だって子供が産まれて大きくなってからでも入れる。ほら、〇〇さんだってそうじゃないか」
と具体的に先輩劇団員の名前をすうめいあげられそうね、と。
子供もすぐ授かった。名前は綾人がつけた。由来はわからない。私は決める権利がなかった。子の名前だけではない。
とにかく綾人、夫の後ろをついていく、そんな感じである。
私は今は家事と育児、綾人のサポートをするのが1番、と言い聞かせていた。
劇団は綾人は続けており、仕事の合間に練習も重ね家に不在にしている時も多かった。私はその間も1人で育児。実家を逃げるように結婚したし、綾人の親は遠いため誰も頼れない。
何本も主演を地方の舞台で演じており、私は子供が小さいうちは個室から彼の舞台を見ていて羨ましく感じたが、あの〇〇さんも舞台に立っていたからいつかああいうふうに立てる、そう信じながら赤ん坊の藍里を抱いていた。
他の劇団員の仲間たちに藍里を見せにいき、夫婦仲睦まじくみんなの前で立つ。すると〇〇さんが私を舞台の袖に連れていく。綾人はステージ上で仲間たちと談笑している。
〇〇さんはステージから離れると顔が変わった。藍里を撫でる。
「さくらちゃん……本当は役者辞めたくなかったんでしょう」
「はい……」
わたしは舞台から聞こえる綾人の声にびくりとしながらうなずく。
「でも〇〇さんのように育児が落ち着いてから……」
と言うと彼女はキッ! とした顔をした。こんな顔は舞台でしかみたことがなかった。
「育児はいつまでも終わらない。私は50になる。息子は25、娘は22。いまだに結婚もせず息子はニート、娘は家出……って私は5年前に家を出たから知りませんけど」
家出……?!
「私ももっと舞台がしたかったけど夫から結婚の際に家に入れと言われて辞めました。そこからは奴隷のように姑からこき使われ育児だけでなく夫の世話も……もう自分は無い。生活費もろくに入れない夫。姑が死んだ時に子供たちと離婚届置いて家出して離婚成立。こうして戻ってきた。私にはもう舞台しかない……貯金を切り崩してパートをしながらやってるの。ああ、あの20代という若い時代を、あの30代という美しい時代を、あの40代という穏やかな時代を全て食い尽くされた。後悔しかない……」
流石舞台女優と言わんばかりのセリフの速さ。あっという間なのに悲壮感、強さがずっしりのしかかる。
〇〇さんは涙を浮かべていたが拭い
「まぁそういう人生を経験して役に活かすのもいいかもしれないけどね。どのステージで輝くかはあなた次第よ」
と言い去った。
でもその後〇〇さんの名前は世に出ることはなかった。
綾人は私を家に縛り付け自分は仕事と劇団を続けて……
私は彼からもらう少ない生活費でやりくりをせねばならなかった。
もちろんその生活費では足りず貯金から切り崩していた。足りない。足りない。
私は娘がもらったお祝い金まで手を出してしまった。
ああ、足りない。
特売の肉や野菜を買っているのに。
育ち盛りの娘、大食いの夫……私は朝食を抜いても間に合わない。
今は私と高校生の思春期はいつあったかわからない娘と慎ましやかに、でも彼女の将来を考えて貯金をしたい。
だから生活を守るために……私は身体を曝け出すのだ。
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