ヴァ・ストーム現る -時空閑話-

さとつぐ

それは夜の出来事。

正直なところ俺には今何が起きているのか判らなかった。

白い髪の小僧が何かを口走ったと同時に現象は起きた。

強烈な、目も眩むほどの光。目を瞑ったにも関わらず瞼の向こうから暴力的に差し込む真っ白な輝き。

爆発?

光を遮ろうと両手を顔の前に上げたと同時に浮遊感が体を包む。

ああ、完全にこれはヤバイやつだ。

もしかしたら俺は死んでしまうのか?

いや、そんなバカな。俺は何もしてない。何でこんなことに?

一瞬のうちにいろんな記憶が浮かんでは消えてゆく。

仲の良かった有人の顔が浮かび、両親や祖父母の顔、そして好きだった女。

これは走馬灯というのか?

しかし、俺はその考えに抗った。

「なんだあああ!!!!」

とりあえず大声を張り上げた。それによって途切れそうな意識を取りもどうと思ったからだ。妙な考えだったが、しかし、浮き上がった体の感覚を正常にするには意外と正解の方法だった。

いずれ重力に捕らわれて体が落下するだろう。

どれくらい浮き上がっているだろうかと想像し、目を開けようとしたがまだ脳みそがそれを拒んでいるのかなかなか瞼が開かない。

いや、開いたところでおそらく焦点をどこに合わせていいのか判らないだけだろう。

いずれ来る衝撃に備えなければならないが。腕や足なら折れても何とかなる。頭を打たないことと内臓が守られたら御の字だ。

やがて光とそのハレーションが収束するように瞼の向こうが暗くなり始めた。ぼんやりと赤黒いもやもやがこびりついたように見えた。

せめて落ちるところがやわらかい場所であるようにと祈るほか無かった。

落下するような重力の感覚を皮膚が感じる。

浮遊感が長かったので、もしかすると十数メートルは空中に放り出されたかもしれない。

「ちくしょおおおおおお!!!!」

暗い夜空を把握できるようになった瞬間、もう一度俺は叫んだ。

死にたくない!死んでたまるか!!

と思った瞬間、意外なことが起きた。

思ったより早く背中が地に着いたような感じだった。

地面ではないような?

硬いが明らかに衝撃は緩やかだった。

そしてすぐにやわらかい感触が俺の腹にのしかかってきた。

「ダイジョウ・・・ブ・・・」

と声が聞こえた。

白い髪の小僧が俺を押さえつけている。とはいえ押さえつけられるほどの力ではないので、ただ俺の体にくっついてきただけの感じではあるが。

次々と状況が変わるので頭の中が整理できないでいたが、やっとそこで俺は自分がまだ生きていることを確認した。

「う、ど、どうなっている・・・・・・。」

まだ光の影響で目ははっきり見えていないが、どうやら俺は助かったようだ。

が、妙に風を感じる。

俺は右手で瞼をぎゅっと押さえ、左手で腹の上の小僧を押し戻した。

が、小僧はそれでも作業服の裾を掴んで離さない。

「ダメダ・・・・・・」

その小僧の声に、自分の感情が少し戻ってきたのを感じた。それは腹立ちとイラつきと、とにかくネガティブな攻撃的感情だった。

「なんなんだよ!これは!」

俺は叫びながら左手で上半身を起き上がらせ、ゆっくりと右手を顔から離した。

目が開いた。と同時に違和感があった。

ここはではない。

皮のような滑らかで柔らかな質感を持ったの上に居た。

風を感じたのは地上ではなかったからだ。明らかにおかしい。

「な、なんなんだよ、これは・・・・・・」

先刻までの感情は完全に引いてしまい、今は別の不安感と違和感に襲われて声が出ていた。

目が闇に慣れたわけではなかった。

うっすらと光っているのだ。

俺をそれの手の上にいるのだ。

それは人の形をしたモノ。

ガキの頃にアニメやマンガで見たロボットとかそういう類の、いや、人形に近いものかもしれない。

ただ、巨大でかい。

俺がの手の中にいるのだ。

小僧は俺が落ちないようにと服の袖をつかみながらの顔に当たる部分に向かって呟いた。

「ヴァ・・・ストーム・・・」

「なんだって?」

小僧は今度は俺に向かって呟いた。

「ヴァ・ストーム。」

「…ばすとーむ?」

俺には聞き返すしかできなかった。

……

話は数十分ほど前にさかのぼる。

……

深夜のドライブってのはいいもんだ。

大音量で音楽をかけてみても迷惑をかけることは無い。なぜなら家も見当たらないそんな山の中だからだ。

道は空いていて車の往来も無い。なぜなら街灯すらも少ない山の中だからだ。

町からそこそこ離れた県境の国道。

国道とはいえ人によっては「酷い道」と書くそんな国道だが、幸いにして整備はきちんとされていて凸凹も少ない。

明日が休みならこんなに素晴らしい時間も無いのだが、そんなことは無い。なぜなら今は仕事帰りで明日も仕事だからだ。

いわゆる日雇いの配達員というのはそんなものだ。

毎日何かしらの仕事があるうちはまだメシを食っていける。

明日は昼過ぎに客に呼ばれているので、朝までに自宅に着けば数時間は睡眠が取れる。

今日の仕事はちょっとボロい儲けになったので明日は休みにしても問題ないのだが、やはり依頼人の信頼を無くすと後々厳しくなるのでここはきちんとこなさないとなるまい。

オンボロの白い軽貨物四輪でもゴキゲンな音楽を聴きながら走れりゃ、明日もつらかろうがそれはそれでしょうがあるまい。

そんなことを思いつつ安全に留意しながら日付を跨ぐタイミングで山道を走っていた。

と、進む道路の先が不思議に明るくなった。

「?」

事故か、あるいは誰かが飛び出した?または街灯が爆ぜたか?

すぐに道は暗くなったが、少し車の速度を落としてみる。

今まで対向車がなかったのでライトはハイビームのままだが特に何かあるわけではなさそうだ。

が、ライトが何かの影を拾いはじめた。まさにこの道の先にあるようだ。

「犬か?ネコか?タヌキか?」

影が大きくなるにつれ意外と大きい動物のようだ。

俺はゆっくりとブレーキを踏み、スピードを落としつつ影の正体を確認しながら避けようとセンターラインを跨ぐためハンドルを少し切る。

だがライトに浮かびあがった影は

「人じゃないか!」

少し小さいがそれはまさしく人の形をしていた。

倒れているようだが頭が白い。白髪の年寄りがこんな山の中に?徘徊か?

俺は慌てて車を停めた。

そして携帯電話を取り出し警察に電話をする。

警察は現在地を聞くとすぐに向かうからと言って電話を切った。

一本道なので迷うことはなさそうだが時間が掛かるようだ。

俺はこのまま去るわけには行かなくなり、仕方なく路肩に車を寄せ、倒れている人のそばに歩み寄った。

なんだか布をぐるぐる巻きにしたような服に違和感を覚えたがそれより安否確認が先だ。

「おい、大丈夫か?」

もし死んでいるならそれはそれで困るし、生きてても救急車が来るまでもってくれたらよいのだがと思っていたら、その人影はむっくりと起き上がり始めた。

「生きてる!」

俺の車のライトが当たっているせいかその人影は不思議と白く感じられた。

そして子供のような顔つきをしている。

「○△×■○▽!!!」

その人影が声を発した。

「え?なんだって?」

俺が近寄ると

「□○△×■○▽!!!」

なにか聞き取れない言葉を話しているようだ。そしてゆっくり後ずさりをしながら更に何か叫んでいる。

「おい、大丈夫か?」

俺は更に聞いてみた。

「ダ、イ、ジョ、ウブ?」

そいつは鸚鵡返しに聞いてくる。

とりあえず生きていているようだし、見た目大きな傷があるわけではなさそうだ。

しかし、頭を打っている可能性もある。きちんとしゃべることが出来ないのはそのせいかもしれない。

「いま、救急車と警察呼んだから動かないで待ってろ。」

俺はゆっくりと話した。しかしこの白髪の小僧は何かに怯えているのか、妙に周囲を気にする素振りをする。

「ちょっと待ってろ」

俺は車の中にペットボトルの水があることを思い出した。

水くらいなら飲ませても平気だろうと思ったからだ。

車に駆け寄り昼に買ったペットボトルを持ってくるとやつはゆっくりと起き上がり、逃げ出そうとした。

俺は思わず「おい!ダメだ!」と大声を上げた。

「ダメ?」

その小僧はびっくりしたかのようにまたオウム返ししてきた。

「ああ、だめだ。頭を打っているかもしれないから、これでも飲んでゆっくりしてろ。」

俺はペットボトルを差し出す。

小僧は差し出されたペットボトルをやや不思議そうに眺めている。

俺はヤツの手にペットボトルを無理に掴ませる。

「飲め。もしどこかキズがあるなら洗っときな。」

小僧は手にしたペットボトルを不安そうに眺めている。

俺はその仕草にだんだん苛立ちを覚えてきた。

こいつの為に余計な時間を費やして睡眠時間が削られているのかとだんだん腹立たしく思えてくる。

「貸しな。」

俺は小僧の手からペットボトルを掴み揚げるとキャップを回し開け、そしてまた手渡す。

今度は普通に受け取ってくれたが飲んでいいのか迷っている風な困惑した顔つきをする。

「開けたばかりだから大丈夫だよ。」

俺はまたペットボトルを掴み上げ、飲み口に口をつけないようにて飲んでみせ、そしてもう一度手渡す。

俺が水を飲むのを見た小僧は同じように飲み口に口をつけないようにして水を口に注いだ。

小僧はそれを二回繰り返して、少し安堵のような小さいため息をついた。

(こいつペットボトル知らないのか?外国人か?)

そう思えてくると、もしかして誘拐された外国人の子供なのかと疑わしくなってきた。

「ダイジョウブ?」

小僧はペットボトルを指差し俺を見た。

「いや、それは水。」

やはり外国人なのかと思った時、一瞬だけ車のライトが明るくなった気がした。

「対向車が来たか?」

サイレンの音がないのでそう思い込んだのだが、そんなことではなかった。

小僧の目の色が変わったかのように見えた。

後ろを見ると俺に車のライトを背にした男が二人しゃがみ姿勢から立ち上がろうとしていた。

二人は俺と小僧の居るほうに顔を向けた。

が、ライトが後ろにあるせいで表情が見えない。体つきは痩せているものの、筋肉はきちんとついているように思えた。

「○●○◎△。」

一人が何か言ったようだが聞き取れない。やはり外国人なのか?もしかして小僧の知り合いか?

とそう思うが早いか、白髪の小僧が立ち上がり走り出した。

「お、おい!」

俺はその行動に気に取られ、小僧のほうに声を掛けた。

「どこに行く・・・」と声を発したその瞬間には後ろに居た二人があっという間に駆け出し小僧を追いかける。

こりゃ何かおかしいぞと俺は思い、一瞬警察が来るのを待とうかと思ったとき、小僧を追っていた二人のうちの一人が簡単に小僧の襟首を抑えた。

そしてそのままアスファルトの上に倒し押さえ込んだ。

体格差から言ってもちょっとやりすぎじゃないか?

少し訝しげに思いながら俺は三人に歩み寄りながら言った。

「おい、なんだか知らないが乱暴じゃないか?」

後から現れた二人が顔を向けた。

こちらの二人は黒髪で、服のほうはやはり小僧と同じような幅の広い薄手の布をぐるぐる巻きにしたような格好だ。

「今から警察が来るから説明するんだな。」

俺がそう告げるタイミングで組み伏せられた小僧が暴れ始めた。

「ヴぁあ!すとおおおむうううう!!」

小僧が何か叫んでいる?

「おい、ちょっと小僧を放せよ。」

と口に出した瞬間、まるで急に昼間になったような光とそれ以上にまばゆい閃光が俺たちを覆った。

・・・・・・

そして、今こんなことになっている。

遠くから風に乗ってサイレンが聞こえる。

そうか俺が呼んだ救急車とパトカーか。まだかなり先に居るようだ。

「●○▽▲□。」

「え?」

小僧が何かを言った。

するとこの大きな人形はゆっくりと体を折り曲げ、俺たちを地上に降ろした。

小僧は両手をその人形にむけ、また何かつぶやくと、その人形は徐々に透明になり消え始めた。

「なにが起きたんだ?」

ものの数分もしないうちに巨大な人形は消えうせ、辺りはまた闇に戻った。

なんだか夢でも見ているような気持ちになる。

そう思っていると小僧が俺を見上げて言った。

「ダイジョウブ!」

そういえば、さっきの二人はどこだ?

周囲を見回しても特に何か変わったこともない。

木や草が倒れたりした形跡があるのかもしれないが暗くて見えない。

「おい、あの二人は?」

後ろを振り返り小僧に話しかけたが、すでに小僧の姿もなかった。

「え?」

まさか本当に夢だったのか?

勘弁して欲しいんだが。

サイレンの音はいよいよ近くなってきていた。

この後俺は警察にどういう言い訳をしたらいいのだろう。

逆にいえば全部夢であって欲しいのだが。

なんてことだ。

俺はうなだれたまま車に乗り込むしかなかった。

ゴキゲンな音楽はいつの間にか止まっていた。


それは夜の出来事。 了

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