魔女の恩返し

夜桜くらは

第1話 青年と魔女の出会い

 あるところに、ラント村という小さな村があった。

 その村は、山に囲まれてひっそりとした場所にあった。

 そんな村に、一人の青年がいた。青年の名前は、ウィルと言った。



 ある日のこと、ウィルはいつものように行商の仕事を終えて家に帰る途中だった。すると道端に人が倒れていたのだ。


(なんだ?この人・・・)


 そう思いながら近づき様子を伺うと、どうやら女性が怪我をして倒れていることが分かった。ウィルは慌てて駆け寄り、声をかける。


「あの!大丈夫ですか!?しっかりしてください!!」


「うっ……。………ひ、ひいっ!」


 女性は目を開け、ウィルの姿を見ると明らかにおびえた表情を浮かべた。


「来ないで……!!」


「でも…あなた、怪我をしてるじゃないですか!!手当しないと……」


 ウィルの言葉を聞きながらも、女性はさらに後ずさりをする。だが、傷が痛み上手く動けないようであった。


「お願いですから落ち着いてください!僕は怪しいものじゃありません」


 ウィルの必死な言葉を聞いて、彼女は落ち着いたのか、素直に手当てに応じた。



「……これでよし、と」


 手際よく包帯を巻き終えると、ウィルは女性に声をかけた。

 しかし、彼女の反応はない。まだ警戒をしているようだった。

 ウィルは困った顔をしながら言う。


「えーっと、とりあえず名前を教えてもらえませんか?」


 女性は答えなかった。ただ黙ってうつむいているだけだった。

 そしてそのまま逃げるように走り去ってしまった。


(あっ……。行ってしまった……。でも、あんなに怪我をしていたなんて、どうしたんだろう……?)


 残されたウィルは、首をかしげつつも家へと戻った。



***

 ウィルから手当てを受けた女性─マギサは、近くの森に逃げていた。


 マギサはラント村とは別の街に住んでいた。

 ところが、魔女狩りに遭って怪我を負い、逃げて来ていた。その途中で気を失い、倒れていたところを茶髪の青年─ウィルに助けられたのだった。


(なんなのかしら、あの人……。名前も知らない私のことを助けるなんて……)


 これまで、彼女は魔女だと気づかれないよう、一人で静かに暮らしていた。

 そのため、誰かに助けられることなどなかった。だからだろうか、彼女にしてみれば初めてのことだった。



 マギサは包帯が巻かれた自分の脚をじっと見つめる。先ほどまで痛くて仕方がなかったはずなのに、今はもうほとんど感じなくなっていた。


(どうしてかしらね……。こんなにも気分がいいなんて)


 今まで、怪我をした時に治癒魔法を使って治すことはあっても、ここまで気分が良くなったことはなかった。


(あっ……!私、あの人にお礼言ってないわよね!?ど、どうしましょう……)


 今さらながらそれに気づくと、マギサの顔色は青ざめていった。


(とにかく謝らないと!!あぁ、でもどうやって会えば良いのかしら……?そもそもどこにいるかも分からないし……)


 焦る彼女だったが、自分が魔女であること思い出した。


(……そうだわ!この包帯から持ち主の気配を探し出せば……)


 そう思ったマギサは、包帯に触れて魔力を流し込んだ。すると、ぼんやりとした光が浮かんできた。


(よし……!この光を辿れば、あの人に会えるはずだわ!!)


 マギサはその光の導きに従って進むことにした。



***

 その日の夕方。一方、ウィルは自分の家で内職をしていた。村の特産品である木彫り細工を作っていたのだ。


「ふうっ……。これで完成かな」


 ウィルが一息つくと、家の扉がノックされた。


 ──コンッ、コンコンッ!


 その音を聞いたウィルはすぐに立ち上がり、玄関へと向かう。

 ガチャリとドアを開けるとそこには一人の女性が立っていた。

 美しい黒髪を持つ、つり目の女性だ。


(綺麗な人だな……。ん?どこかで見たような気がするけど……どこで会ったんだろう?)


 そんなことを考えていると、女性が口を開いた。


「突然すみません……。私はマギサといいます。今日は助けて頂いたのに、お礼も言わずにすみませんでした……」


「……あぁ!君か!わざわざ来てもらってごめんよ」


「いえいえ、本当にありがとうございました!私、何か恩返しがしたくて……」


 申し訳なさそうな顔をしているマギサを見て、ウィルは微笑むとこう言った。


「気にしないでください。それより、怪我の具合は大丈夫ですか?」


「えぇ、すっかり良くなりました。あなたのおかげです。だからこそ、恩返しさせて下さい!」


 ウィルは少し考えると、それならと提案をする。

 マギサはウィルの提案を受け入れ、二人は一緒に暮らすことになった。


 ウィルはマギサのことを何も知らなかったため、まずはお互いを知ることから始めた。


「マギサさんは、他の街から来たんですね。旅をしていた、とかですか?」


「あ……。はい、そうです……」


(魔女狩りから逃げて来た、なんて言えない……)


「そうなんですね。この村はいいところですよ!村の皆も優しいので、すぐに馴染めると思います」


 ウィルは屈託くったくのない笑顔でそう言うと、お茶を一口飲んだ。

 そんな彼を見て、マギサは嘘をついたことに心が痛んだ。


(こんなに優しいウィルに、嘘をついちゃうなんて……。でも、私が魔女だって知ったら、彼も私を追い出すかもしれない……)


 マギサは考え込むと、ウィルに話しかけられた。ウィルは心配そうにこちらを見つめていた。


「どうしました?」


「な、なんでもないです……!」


 マギサはハッとすると、慌てて返事をした。

 ウィルは不思議そうにしていたが、それ以上は何も聞かなかった。


 ウィルはマギサの事情を知らない。だが、マギサは魔女であることを隠さなければならなかった。

 そのため、ウィルには魔女だとバレないようにしようと決めた。

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