第12話 情緒不安定か
翌朝。押しつぶされるような息苦しさで、覚醒させられる。
「……ぐぇ」
なんだこれ。胸に重しをのっけられてるみたいだ。
気だるいまぶたをこじ開け、天井を映そうとするも。
「…………は?」
寝起きの第一声は、なんともまぬけなもの。
なんだこれ、マジでなんだこれ。
おかしい。猛烈におかしいことが起きてるぞ。具体的には。
「……すぅ、すぅ」
小麦色みたいな淡い橙色の髪をした見知らぬ少年が、僕の平らな胸を枕にして寝息を立てているんだが。
年は僕とおなじくらいかな。まつげバッサバサ。寝顔すら絵になる、いわゆる美少年だ。
それは百歩ゆずっていいとして……なぜに、裸?
「えっ……ちょっ……えっ」
「んん……」
むき出しの肩を押し返そうとしたら、寝心地が悪そうにご尊顔をひそめ、もぞもぞと身じろぐ美少年。
その細いけれど意外に力強い腕が、僕の背へまわり、ガッチリと固定されてしまった。
待って、ほんとに待ってほしい。ベストポジションを見つけて、すやすやとお眠りのところたいへん申し訳ないですけど、あなた全裸──
「……んむ」
ふに、と。不意討ちで唇にふれるものがある。
やわらかいその正体が、一瞬わからなくて。
美少年のご尊顔が、死ぬほど近くにあって。
「なっ、なっ……
たいせつなものが軽率に失われた僕は、腹の底から絶叫した。
「お呼びかい。朝っぱらから、にぎやかなぼっちゃんだね」
「なぜ未然に防いでくれなかったのか!」
「
「なぜ未然に防いでくれなかったのか!!」
うそだろ、ふたりしてのんびり歩いてきやがった。
護衛ってなに? そこのところ問いただしたいですね、艶麗さん、
「おやおや、不埒なやからでも現れましたかネ?」
「じゃなかったら助けなんて呼びませんけど!」
「落ち着きな、雨。あんたが言ってるのは、そこにいるやつのこと?」
「だから、ほかにだれが……!」
僕をなだめるように静かに口をひらいた艶麗さんが、長い指先でさし示す先を追う。
だけど、
「え? どこに……ってうわぁっ! びっくりしたぁ!」
それよりもっと下で、もっと近く、僕のすぐ足もとに、いた。
さっきのシャウトで飛び起きたんだろうか。
淡い橙色の髪をした少年がひざまずき、ひたいと鼻先を絨毯にこすりつけている。
「土下座!? いや、ちょっ、まって服! その前に服着てっ!」
かろうじてだいじなところに毛布を引っかけている状態だった少年へ、
今朝の身支度で袖を通そうと思っていた、藍染めの衣だ。
「……?」
「きみの服はどうしたの!? まさか全裸で出歩いてたわけじゃないでしょうに……とにかく、それあげるから着て!」
きょとんと首をかしげていた少年は、ぎゃあぎゃあとまくし立てる僕をじっと見上げたのち。
「……っ……っ!」
ぶわっと瞳から涙をあふれさせて、ぎゅうっと袍を抱きしめた。
「っぁ……ぅ……!」
「どうしたの!? なんで泣い……ごふっ!」
「おっとォ」
そうこうしてると、真正面からのタックルを食らう。
油断しきっていた僕は、ものの見事に跳ね飛ばされ、ちょうどそのへんにいた松君さんにキャッチされた。
なにがなにやら理解できないうちに、毛布に身をつつんだ少年は、藍染めの衣を抱えたまま、脱兎のごとく寝室から飛び出していった。いや、着てってば……
「大丈夫かネ、雨少年」
「だいじょばないです、ちょっと意味がわからないです」
寝床に全裸で侵入され、服を投げつけたら号泣からの逃走をかまされ。
「情緒不安定かよ」
泣きたいのは僕のほうなんだけど。
だれかもわからんきみに奪われたものは、忘れてないんだからな。
そんな文句を垂れそうになって、ぱちりとまばたき。
どうにも頭が痛くなり、指先で眉間を揉みほぐした。
「いや……『はじめて』じゃ、なかったか」
『雨』として生きてきた十五年間に限らず、前世の記憶を含めるなら。
無意識のうちに強ばる唇へふれていた僕のとなりで、艶麗さんは少年が飛び出していった入り口を無言で見つめている。
そういえば子狐はどこにいったんだろう? と気づくのは、それからまもなくの話。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます