第7話 人越者
「お嬢〜、お茶と軽食をもってきましたよ〜ん、これでお仕事がんば……ってだれだネ、キミは!」
やむなく
こんどは灰色のあご髭をたくわえた、やたら陽気な男性がやってきた。
* * *
(黒髪なんて、日本じゃ当たり前だったのに)
古代中国を思わせる文明。
この異世界で暮らす人びとは、茶や灰色の髪がほとんどだ。
次いで赤、青、緑、金、紫の髪。これくらいはまぁまぁいる。
だけど黒髪はまったくいない。いたとすれば別格のあつかいを受ける。たとえば神のように
理由をきいても、学のない田舎の村人たちは、「とにかくむかしから、『黒髪さま』は神さまの使いなんだ!」とバカのひとつ覚えみたいにくり返すだけだった。
なら『黒髪の人魚』は、まさしく人ならざるモノ、『神さまの使い』とやらなわけだ。
「あたしらがきいた人魚さまってのは、黒髪のお嬢さんって話だったけど?」
「青髪の小僧で悪かったですね。信じられないならどうぞ、そのへんの池にでも突き落としてください」
不思議なことに、
乾くのがとうてい追いつかないほどびしょびしょに全身が濡れて、やっと『人魚化』する。
「待ちたまえ、少年」
「なんですか」
「池? 海水じゃなくてもいいのかネ?」
「……淡水でもふつうに大丈夫ですし。それと、陸での呼吸は人間のときよりちょっとし辛くなりますけど、窒息するほどではないです」
大真面目になにを言うのかと思えば、ななめ上からの質問をされ、肩すかしを食らう。
なんだろう、僕が注目してほしいのはそこじゃなくて。
「人魚になったら性別まで変わる、ねぇ……」
「まだ信じられませんか」
「いんや、なんでもアリだろ。黒髪の人魚さまなら、なおさら」
艶麗さんが僕を人魚だと認識できなかった理由。
それは僕が、人間と人魚の場合で、かけ離れた容姿をしていることに原因がある。
人間の僕は、青藍の髪。
対して人魚になると、髪は漆黒に染まる。
しかも、性別が男から女に変わるという意味不明仕様。あれかな、男の人魚なんて需要ありません的な? 知らんけど。
変わらないことといえば、深海のような深い青の瞳。それから木の枝よりもやせた小柄な背丈は、男でも女でもほぼおなじだ。
「なるほどね。あんた、名前はなんていうんだい?」
「……
言いながら、しまったかなぁ、と後悔した。
これだけ自虐すれば、みなまで言わなくたって、察されるというものだろう。
事実、おちゃらけた様子の松君さんが真顔になったし、艶麗さんなんか目が据わっちゃってる。
「雨、あんたはどうしてここ──
人としての良心? それとも
卓を挟んで向かい合うふたりが、どんな心境で僕を見つめているのか、いまだ判断できずにいた。
でも状況がつかめないのは、僕もおなじ。もうなるようになれ、だ。
「ここを目指して来たわけじゃないです。僕は孤児で、拾われてから十五年間、
「汰漢っていうと、
「僕がいまここにいるんなら、そうなんでしょうね」
「村を出た理由は、出稼ぎなんかじゃないんだろう?」
「……逃げてきたんです。ある日の夜、知らない男がいきなり家に来て、『ジンエツシャ』を掲げた違法商売がどうのこうの言ってました。それで、あいつらが……育ての親が殺されたので、怖くなって」
なんて胡散くさい、ドラマみたいな話だろう。
僕だったらすぐさま鼻で笑い飛ばすところなのに、嘲笑されるでもなく、沈黙がながれるばかりで。
やがて、腕を組み、うなるように発声した艶麗さんの問いが、止まった時間をゆり動かす。
「松君、あんたが風のうわさできいたっていう、血祭りにあげられた田舎村の名は」
「汰漢、ですねェ……こちらの少年が住んでいた村に違いないでしょうトモ、えぇ」
「……どういうことですか?」
「雨少年、キミのおうちにやってきた見知らぬ男というのは、ひょっとして、全身黒ずくめの服装に、真っ黒な髪をしていたのではないカナ?」
「なんで知ってるんですか!?」
「キミがお会いした方は、『
「じんえつ、しゃ……」
まただ。あの男も言っていた──
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