猿も財布を木に落とす

烏川 ハル

プロローグ

   

「警察を呼んでくれ!」

 灰色の背広を着た中年男性が、いかにも慌ただしい様子で、サービスカウンターまで駆け込んできた時。

 私は係員の女性に言われるがまま、住所氏名などを書類に記入している最中さいちゅうだった。


 男は額に汗を浮かべながら、私を押しのける勢いで、カウンターの女性に話しかけている。

「財布をすられたんだ!」

「えっ、財布?」

 私が思わず反応してしまうと、男の視線がこちらに向けられる。私自身だけでなく、前に置かれた財布も彼の視界に入ったらしい。

「お前か、私の財布をすったのは!?」

 男は、大声で私を責め始めた。

   

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