第9話 知らんヤツだらけの特進科
水、木、金曜日と三日間に分けて行われた前期中間考査。
土日を挟んだ月曜日の今日はその結果が貼り出され、特進科では歓喜と落胆で落ち着かない空気が広がっていた。
今時順位を公開するってどうなんだとも思ったがそれも特進科に限った話で、生徒間の競争を煽るためだとかなんとか。
教師の思惑通り、プライドの高いエリートガリ勉たちが競争心を煽られているのだからその効果は抜群と言えよう。
「ほら都、見にいこ!」
「いや別に興味ないんだが…」
朝、教室に入るなり早速見に行こうと、旭に腕を掴まれ半ば強制的に連れて行かれた順位表の前。
人が群がるところを颯爽と掻き分けていく旭に注がれる視線はなんとも刺々しい。
(さすがは上位常連生徒。敵視の視線が半端ないわね…)
数ある視線をものともせずに人垣の中に消えていく猛者の背中を見送った都は、度の入っていないレンズ越しに順位表を見やる。
見るのは中位以降。それより上を見る必要なはい。
名前の羅列をざっと目で追っていく。
(………あ、あった。75位か)
特進科は1クラス40人の3クラス構成だ。つまり一学年に120人ほどの生徒が在籍していることになる。
その中で都の順位は75位。中の下といったところだろうか。
上位には程遠いことを嘆くべきか、ガリ勉が多い中でも下位ではないことを喜ぶべきか。
どちらにしろ人の学力にも自分の学力にも興味はないのだから関係ないことではある。
「「…くだらない」」
溜め息混じりに落とした謗言が誰かの声と重なった。
案外近く、声のした隣をチラリと見れば、同じようにこちらを見ていた人物とばっちり目が合った………ような気もしたが、都の目元は前髪と眼鏡でよく見えないだろうから気のせいだろう。
(……ほう、旭が咽び泣いて喜びそうな顔だな)
そこにいたのは、いわゆるイケメンと呼ばれるに相応しい端麗な男。
順位表を見ているということおそらく同じ学年、同じ特進科の生徒なのだろう。
すでに一年と少しを特進科で過ごしているが、これまで関わりのない他人に興味を持たなさすぎたことが災いしてか、この男のクラスも名前も記憶にない。なんなら顔も初めて見た気がする。
ぱちりと一瞬目を瞠ったように見えた男は薄く笑みを浮かべた。
「順位、興味ねえの? 特進科なのに」
「どうでもいいわ。そういうあんたこそ興味なさげに見えるけど?」
「さてね。興味ないついでにお前何位だった?」
「なぜに見知らぬ男に教えなきゃならんのだ。ちなみに75位ですけどなにか?」
「ふはっ、教えてくれんだ。俺は73位だったな」
「そう。興味ないわね」
とは言いつつ、自分だけ個人情報を知られるのも癪なので自分の名前の二つ上にある名前を確認する。
その際、ちょうど人垣を抜けてこちらに向かってくる旭の姿が見えた。どうやら順位のチェックは終わったようだ。
「それじゃあごきげんよう」
「ああ、またな」
すれ違い様、ふと思った。
どうしてイケメンと呼ばれる野郎共はやたらといい匂いがするのだろうか。
玲しかり、橘しかり、今の男しかり。
美女の専売特許であろう要素を男が奪ってどうする。それとも今ではそれは美女限定のものではなく、容姿の優れた者全員に備わる要素にでもなったのだろうか。
(茜も旭もいい匂いするし……あれ? そういえば私の周りってそういうやつらばっかじゃない?)
要らん情報で特に需要のない事実に気づいた都。
だがそれも一瞬、それこそどうでもいいとばっさり切り捨てた。
(匂いに関しては私の中では虎之助一強だから。虎之助しか勝たんわ)
思い出すのはグレーが混ざるふっかふかの白い毛並み。
お昼寝する時なんかはそのキュートでチャーミングな腹やら頭やらに鼻先をくっつけて寝るのが一番の楽しみだ。
「……え、ちょっと都? なんでそんなに表情緩んでんの!?」
「やはり虎之助が最強よな。将来の伴侶はヤツしかおらんわ」
「誰か説明求む」
結論、虎之助が一番かわいいし一番いい匂いがする。異論も反論も認めない。
教室に戻る途中、朝っぱらから見知らぬ男と変な応酬をしてやや脳の疲れを感じたが、それ以上に何やらダメージを負っていそうな旭に声を掛ける。
「なに辛気臭い顔してんの。思ってたより順位悪かったとか?」
「……4位だった」
「なら落ち込む要素なんてどこにあんのよ」
今までだって旭は4位以下をとったことはあるし、むしろ上位3位以内に入ることの方が稀だ。そんなときでもこのように気分を落とすことなくケロッとしていた。
なのに今回はどうしたというのか。4位なんて大健闘じゃないか。
順位表が貼られた掲示板から戻ってきて以降、溜め息と顰めっ面を繰り返すその意味がまったくわからない。
「……今回の手応え的にも4位あたりが妥当、ううん、思ってたよりも高かったくらい。だから別に順位に文句があるわけじゃないんだよ。ただ……ただね、ひとつだけ気に食わないことがあるっていうか…」
「気に食わないこと?」
「なんで…なんで
なんだか知らんが旭がキャラ変した。
いや、趣味に関してテンションが爆上がりした時にこうして感情が爆発する場面は度々見かけたことはあったが、この修羅モードで感情が怒りの一色に染まるところは初めて見た。
本音を言うと正直めんどくさい。
めんどくさいがひとまず廊下は目立つので教室に引っ張り込む。
控えめに言っても旭を見るクラスメイトたちの視線がいろんな意味で痛いが、それらは今はまるっとスルーだ。
「……とりあえず落ち着けよ。ていうか雛鶴雫って誰?」
「今年から特進科に編入していきた女だよ。いいとこのお嬢様だか箱入り娘だか知らないけど脳内お花畑の世間知らず。おまけに暴走系自己中ときた。脳に生ゴミでも詰まってんのかってくらい発言はアホなのに勉強はできるとか解せんわっ!! あんな珍妙生物より順位が下とかありえないっつうの!!」
「ちょっと待って編入生の存在なんて初めて聞いたんだけど」
「まあクラス違うし? とにかく面倒でいけ好かない女だよ」
どうりで知らないわけだとひとり納得する。
昨年から同じ特進科棟でともに勉学に勤しんできた同級生ですら全員は把握していないのだから、今年からやってきてしかもクラスが違うとなれば知らないのも当然だ。
それよりも都としては、その雛鶴雫とやらが旭に相当毒づかれていることの方が気になる。
何をしたらここまで嫌悪されるのやら。
「その女のことめちゃくちゃ嫌うじゃん。そんなに嫌なヤツなわけ?」
「嫌なやつっていうか話通じなさすぎてだんだん腹立ってくる。どうせ同じ学科だしいつか話す機会があるかもしれないから気をつけなよ。たぶん都も苦手なタイプだと思うから」
「そいつのこと全く知らないのにすでに嫌いになりそうなんだけど」
旭の話を聞いた限りではその脳内お花畑の困ったちゃんはやんごとなき身分の人間らしい。できればお近づきにはなりたくない。
特進科にはそういった身分の生徒が複数人在籍しているが、都の知る限りでも面倒な人間しかいないのだ。
(そういうヤツらに限ってやたらと自尊心高いのが腹立つんだよ。権力振り翳してきても面倒だしな…)
旭は自堕落系頭のいい人間ではなく、地頭の良さにそれなりに日々勉強しているからこその頭の良さだ。多少なりとも勉学に関してはプライドを持っている。
だからこそ、珍妙生物とまで言わしめた人間に上にいかれるのが我慢ならないのだろう。
学力に対してプライドもクソもない都にとっては一生わからないことかもしれない。
(雛鶴雫か……自己防衛のためにも他の意見も参考にしたいところね。橘あたりに訊いてみるか。あいつも他人に興味ない人間だから大した収穫もないだろうけど)
回避したいからと言ってあまり探りすぎると遭遇フラグになりかねないのでほどほどにしておこう。
同学年、同学科の生徒と遭遇せずに済む確率が果たしてどのくらいあるのかは知らないが。
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