第8話 幼馴染み兼小動物
──ピンポーン。
来客を告げた玄関に出迎えに行けば、八代学園の制服を着た小柄な少女が控えめに顔を覗かせていた。
「お、お邪魔します……」
「いらっしゃい」
ここには何度も来ているはずなのに一向に初々しさが抜けない姿に苦笑しながらもリビングへ通す。
ソファのど真ん中には、虎之助が身体を埋めて気持ちよさそうに寝こけるふかふかのクッションが鎮座している。雨宮家での優先順位は家主でも客人でもなく虎之助なのである。
そんな雨宮家のドンをひと撫でした少女はローテーブルの前に座り、教科書を広げた。おどおどしてはいるものの此処には何度も来たことがあるので勝手は知っているのだ。
「ごめんねみやちゃん。いきなり頼んじゃって…」
「気にしなくていいわ。どうせ暇してたとこだから」
「うん、ありがとう」
ふわりとボブを揺らしながらはにかむこの少女は
高校に入る前からの都の友人であり、同じく八代学園の普通科に通っている少女だ。
やや人見知りではあるが大変可愛らしく、先ほどの電話越しでもそうだったが溢れ出る小動物感に庇護欲がくすぐられて仕方ない。
「雨宮くんは、今日も仕事…?」
「そうらしいけど……やっぱまだ玲も怖い?」
「ううん。小さい頃から知ってるから雨宮くんは大丈夫だよ」
そしてちょっぴり男が苦手なのである。
玲は都を通じて幼い頃から知っていたので怖くはないらしいが、いまだに『雨宮くん』呼び。さすがに男を下の名前で呼ぶことには抵抗があるようだ。
ちなみに都と玲が双子であることは当然知っているし、雨宮家についてもそれなりに把握している。
菓子と飲み物を片手に、あまり勉強が得意ではない茜に勉強を教えていく。
普段お茶出しなどを率先してやってくれる小野寺には臨時収入を渡して買い出しに行ってもらっている。
ただでさえ茜は男が苦手なのに、何やら一般人ではなさそうな雰囲気の小野寺は恐怖の対象だ。小野寺本人もそれをわかっているのでゆっくりと買い物をしてきてくれることだろう。
「みやちゃん、ここってどうしたら…」
「ああ、そこはまずここの式解いてからこっちに代入して」
「…えーと……あ、解けた!」
普通科でも中間考査の日は同じなようで、絶賛テスト勉強に追われていた。
進学校といえど普通科ともなれば一般の高校と習っている内容は変わらない。特進科のようにトチ狂った難易度の問題も見当たらないし、範囲を絞りつつ要所の基礎さえ押さえればそれなりの点数は取れるだろう。
「みやちゃん学科違うのによく普通科のことわかるね」
「茜に見せてもらった1年の頃のテストとこれまでの小テストを見てればある程度の傾向はわかる。あとは今回の中間の範囲と照らし合わせれば大体のヤマは張れるってわけよ」
「私なんてずっと普通科にいるのにそんなのわかんないよぉ……でもみやちゃんってすごく頭いいのに、いつもテストの順位低かったよね…」
「そうだったっけ? まあ私、特進科にも順位にも興味ないからね」
そう言って頬杖をつきながらペンを回す都を見て茜はくすくすと笑っていた。
「やっぱりみやちゃんはみやちゃんだね。ふふ、本当に興味なさそう」
都のことをよく知っているのは身内や雨宮関係者を除けばそれこそ茜くらいのものだ。
現在の都を知っている者ならば旭や橘、他の天文部の面々など数えるくらいにはいるのだが、過去の都や家庭事情諸々含めて知っているという意味では茜だけだ。
都自身、大勢でワイワイするよりもどちらかといえば縛りのない我が道を行くタイプなので、思い返せば幼少期からあまり深い友人関係を築くことはなかった。
その中でも唯一茜とは深く長く付き合いが続いている。
友人というよりはむしろ妹といった方が感覚的には近いかもしれない。
昔の茜は今よりももっとずっと人見知りが酷かったので、まともに話せる相手も都くらいしかいなかった。
その時にまるで親心のような気持ちで見守っていた名残か、高校生になった今でもなんだかんだで面倒を見て可愛がってしまいたくなるのだ。
「あーあ、ほんと何で特進科に入っちゃったんだか……私も普通科に入ろうと思ってたのに」
「手違いだったんだよね?」
「そう。普通そんな手違いある? 入学式の日に普通科のクラス分け見たら名前がないから教師に訊いたら『ああ違う違う、君特進科だよね? ここは普通科。特進科のはあっちに貼ってあるから場所が違うよ』って言われたときの衝撃ときたら……。久々に言葉が出ずに立ち尽くしたね」
普通科に入学したつもりで学校に行けばまさかの特進科所属になっていると知ったのは昨年の四月のこと。
一体どこでどういう手違いがあったのかは知らないが、ただの普通の女子高生をやりたかっただけなのに勉強ガチ勢の巣窟に放り込まれてしまったと知ったときの衝撃は大きかった。
普段の授業はボリューム満点、生徒も教師もより高みを目指して進学先を決めようという空気感がすごい。
長期休暇中は講習で時間を拘束されて休みもがんがん削られる。おかげでまったり虎之助と遊びながら株価チェックに勤しもうという休暇中の計画は1年の夏休みから頓挫することとなった。
不満を挙げればきりがない。
どうなっているんだと是非とも声を大にして言ってやりたい。
「…でもみやちゃん、なんだかんだ言ってけっこう現状を楽しんでたよね。もう今は特進科から移動しようって気持ちはないんじゃない?」
「あー…まぁね」
日々得をしたり損をしたりを繰り返す投資に興じているためか、都は良くも悪くも諦めが早く過去を引きずらない。
そうなってしまったものは仕方がないと割り切り、特進科ならば特進科なりの楽しみを見つけようと気持ちを切り替えたのが特進科のクラス分けを見た1年の入学式の日。
そのままあれよあれよと時は過ぎ、気づけばすっかり特進科の生徒として馴染んでいた。
特進科に入っていなければおそらく天文部を立ち上げてはいなかっただろうし、共通の趣味を持つ旭とも交流はなかった。
そう考えると、手違いによって変えられてしまった高校三年間も捨てたものじゃないなと思える。
「今でも特進科連中の順位争いとかには死ぬほど興味ないけど、それなりに楽しくはあるな。茜のほうは? 普通科楽しい?」
「うん。みやちゃんいないのは寂しいけど普通の高校って感じで楽しいよ」
「それはよかった」
「あ、そうだ。今度美術展に出展することになったんだ。よかったら観に来てよ」
「へえ、すごいじゃん。さすがだな」
「えへへ」
茜は昔から絵を描くのが好きだった。そして非常に上手い。
あれ描いてこれ描いてと言えばすらすらとキャンパスに鉛筆を走らせ、風景画でもキャラ絵でもあっという間に描き上げてしまう。絵心皆無の都からしてみれば羨ましい限りだった。
八代学園でも美術部に所属し、都たちのなんちゃって天文部よりもよっぽど真剣にやっているようだ。
(友達もできたみたいだし、楽しそうでなにより。………ああ、これが子が親離れしたときの親の気持ちってやつか? 寂しいけどなんか嬉しい……)
なんだか複雑な心境になりながらもやはり茜の人見知りが治ってきたことは喜ばしい。その調子でぜひ今後も学園生活を楽しんでほしいと思う。
かく言う都も同じ高校生、同い年ではあるけれど。
「…え、えっと、みやちゃん、なんでそんなに穏やかな目で見てくるの…?」
「気にしなくていいわ。さて、勉強の続きでもしようか」
「う、うん」
その後も勉強を進め、茜は無事に赤点を出すことなく中間考査を終えたのだとさ。
(……いやでもやっぱ寂しいな……うん、寂しい。この寂しさは虎之助に埋めてもらうとしよう…虎之助LOVE……!)
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