エピローグ
――ほとんどの顧客を満足させてきた自負はあるし、崖の縁を渡るかのようなバランス感覚は、あらゆる危険を潜り抜ける上で助かった。だが今回、無数に伸びる道を模索し解った。
「今、何時?」
彼女は壁に掛かった時計を指差して、自分で確認しろと黙々と告げてくる。俺はそれに従い、目視で確認した。もう数秒後に、電話が鳴る。五、四、三、ニ、一。
「プルル、プルル」
その機械音に倦怠感が湧き、俺は知らぬ存ぜぬと目を背ける。音の喧しさたるや、彼女が思わず指摘し、さっさと電話に出ろと促すほとだ。
「鳴ってますよ、電話」
彼女が囀る固定電話を睨み、早く宥めることを無愛想に言ってくるが、俺は静観を続ける。
「……」
この電話は所謂、凶兆だ。首を縦に振れば、万難をもたらす。ならば、やり過ごすのが最も無難な選択になる。
「出ないんですか?」
無論、彼女は怪訝な顔をするだろう。しかし、先々にあった出来事を鑑みると、「触らぬ神に祟りなし」だ。男との縁は初めから無かった事とすればいい。それで万事解決だ。
今日の業務を終えて、労をねぎらうコーヒーの一杯に舌鼓をうっていると、扉を叩く音と蝶番の悲鳴を聞く。そして、衝立にはみ出る白いハンチング帽を目にした。冷や水を浴びせられたかのような鼓動の速さに、俺は一人顔を青くした。柵に囲われた家畜のような気分だ。
「こんばんは」
社会的体裁を取り繕う薄ら寒い微笑は、こらから持ち込むであろう、依頼を滞りなく耳を傾けてもらう為の作法に違いない。俺は天を仰いだ。これは正に袋小路である。
「気分でも悪いのですか?」
気配りのできる男だと重々承知だ。だからこそ、癪に触った。
「?!」
またしても、この顔である。拳銃によって引き起こされる画一的な反応は、以前は目覚めの悪いものに違いなかったが、今は只気持ちいい。それは決して露悪的な趣向ではなく、憂さ晴らしである。
「ど、どうしたんですか?」
錯乱した人間を落ち着かせるような彼女の口調は、確かに正しかった。俺は今、正常ではない。だからこそ、発砲を躊躇って仕損じるなどといった、甘い考えはなかった。
「パァン!」
三度の発砲音は鼓膜に良く響き、唖然とした空気が肌に合う。さぁ、百一回目という節目に向けて、地獄参りの始まりだ。
百一回目の解体新書 駄犬 @karuki
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