未来の英雄を自称するメンヘラ女子と、ペットを失った僕
ホサカアユム
第1話 シルバが最後に吠えた日
シルバが最後に吠えたのは七月十日の朝だった。
シベリアンハスキーのシルバは、俺がまだ小学生の時から寝食を共にした弟のような存在だった。
しょっちゅう遠吠えをするので近所の住人にもよく注意されたが、今年に入ってからはめっきり弱ってしまい、なかなか犬小屋の外にも出てこなかった。
フリスビーが大好きで、投げてやればすぐに追いかけていくのだが拾ったフリスビーは必ずどこかに捨ててくる。
お前は拾うことより捨てる方が楽しみなのか?
と尋ねるとハフハフご機嫌そうにすり寄ってくる。
勿体ないので、フリスビーは木の枝で代用するようにした。
忠犬というには悪戯が過ぎる、愛すべきバカ犬だった。
そのバカ犬のふさふさしてペルシャ絨毯のように滑らかだった毛並みが、日に晒した畳みのようにささくれていくのは見ていて耐え難かった。
もう何日かすれば俺の高校も夏休みに入り、もう少しだけ一緒にいられる時間が増えただろう。
けれどシルバの老いた体には、学生の都合に合わせてくれるほどの余裕はもう無かった。
その日意識が混濁していたはずのシルバは、夜明け前に突然起きあがって月に向かって吠え出した。
何かを訴えるでもない――
何というか、「こんな時間にごめんね」と謝っている感じの、強い悲哀は無いけれど申し訳なさそうな。そんな遠吠えだった。
俺と同居中の叔父が目を覚まして駆けつけたころには、すでにシルバは横たわって息を引き取っていた。
たたき起こしたくなるほど、安らかな死に顔だった。
亡骸は叔父と二人で、家の庭に埋めた。
手を合わせてシルバの冥福を祈りながら静謐を孕む朝の日射しを見上げると、一陣の風が俺の体を通り抜けていった――気がした。
そして、背後で空に向かっていく足音が聞こえた。
今のがシルバの魂なら、希望ある未来へ飛んでいけよ、と柄にも無いことを祈ってみた。
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