第5話 気を付けて
「おはよう。赤塚」
「おはよう、羽鳥」
朝教室に来ると、いつも通り羽鳥とあいさつを交わす。
この学年の生徒は昨日に引き続いて僕のことを見る目が軽蔑するものだったり、将又興味の対象だったりとさまざまである。
「いいのか?放っておいて」
「人の噂も七十五日っていうだろ?放っておけば勝手に収まるだろうさ」
「そうかもしれないけれどさ」
「おはよー」
そこに絵美里が加わりいつものメンツで他愛のない会話をする。
あの席をちらっと見てみるとあの人は普通に座って本を読んでいた。
昨日の不安顔はなんだったんだという疑問が浮かぶけれど、やはり友達でもない只の………なんだろう、知り合い?に何か言われるのも霧姫さんは嫌がるだろう。
「おーい、春夏?話聞いてますかー?」
「え、あ、聞いてるって」
「はぁ………もぅ。どうせ聞いてなかったんでしょ?」
「………うん」
「罰として週末何か奢ってね」
「了解しました」
またパンケーキ以外に僕の奢るものが増えてしまった。
自業自得だから何も言えないんだけれど。
それからはいつも通りの日常だった。
授業を受けて、昼食をとって、また授業をうけて放課後になる。
羽鳥と絵美里には適当に言い訳をして別々に帰ることにした。
絵美里は終始疑っていたけれど、羽鳥に首根っこを掴まれて一緒に帰っていった。
さて、僕もあの人をあまり待たせるわけにはいかないので、早く図書室へと急ごう。
走らずにできるだけ早歩きで図書室へと急いでいくと昨日と同じようにあの人は様になる姿で本を読んでいた。
所作の一つ一つが綺麗で昨日と同じように見とれてしまうけれど、同じ過ちを繰り返すわけにはいかないので、席に着く。
すると同時にパタンと本を閉じて僕の目を見る。
「では始めましょうか」
「そうですね」
昨日と同じように、霧姫さんが分かりやすく説明してくれるため僕の手は多少止まることがあっても完全に止まることがなく問題を解けてきてはいる。
だけれど、これも初歩の初歩さえできていない僕だから、ここからは徐々に難しくなっていくだろうな。
そう思っていると霧姫さんが鞄からプリントの束を僕に渡す。
「この問題をまず一ページ解いて。マルは私がつけます」
「………」
「文句なんてありませんよね?」
「りょ、了解しました」
「よろしい」
にっこりと微笑まれて言われてしまえば僕に嫌だなんていう度胸もなければ資格も無いので、問題を一問一問テストをしているような気持ちで解いていく。
注文通りに一ページ終わって、霧姫さんに渡すと丸付けを始める。
間違えていませんようにと願ったけれど、どうにも最後の自信がなかった問題が案の定間違えていたみたいだ。
「まぁ、数学苦手という割には上出来の結果です」
「ありがとうございます」
「ですが、この問題は少し捻っているとは言え解けない問題ではないですので頑張りましょう。解説に移りますね」
「お願いします」
そこから丁寧な解説を聞いて、時計を見るともうすぐに図書室が閉まる時間となった。
「今日はこの辺にしておきましょう。あげたプリントの二ページ目をやっておいてください。では、さようなら」
そう言って手早く自分の荷物を纒て、図書室から出ていく。
僕も少し経ってから図書室をでて下駄箱まで進むと、昨日と同じようにやはり霧姫さんが立っていた。
また手には手紙を持っている。
ラブレターかなとも思うけれど、霧姫さんがあんなに真剣にラブレターを読むなんてありえないような気もするし、なにより顔が不安そうな顔をしている。
……声をかけた方がいいのだろうか。
………駄目だ。霧姫さんは迷惑だと思うだろうから話しかけない方が良いに決っているけれど、僕のお節介な心がどうしても声をかけてしまう。
「あの、霧姫さん大丈夫ですか?」
「………どうして素通りしないんですか?昨日はしてくれたはずなのに」
「ごめんなさい。でも気になってしまって」
「………はぁ。そうね。あなたにも無関係な話ではなくなるかもしれないから一言だけ」
そう言っていきをそっと吸って吐き出してから喋る。
「身の回りに気を付けて」
「え?」
「何をされるか分からないから身の安全を確かにした方がいいと言ったの」
「………それは、どうしてですか?」
「いいから。それでは」
そう言い残して、去っていく。
身の周りに気をつけろってどういうことだ?
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