第12話 男友達
「なんてことだ、こんなに早くマスターが壊れちまったのか。まだ出会ってから一日も経ってねえのに」
嘆くエクセリオンを無視して俺はアリスとともに学院に登校する。
俺に喧嘩を売ってきた獣人族の女の子たちは、昨日揃って全裸にされたとあって俺の姿を見つけたとたん、尻尾を逆立てて慌てて逃げて行った。
これで少なくともあいつらに人族が侮られることはないだろう。アレクシア様の使徒として順調に務めを果たせているようだな。
「正気かよマスター?」
俺の心を読んだエクセリオンから訳のわからないツッコミが入ったが、それはさておき俺は朝のホームルームでヴィンチ先生の話に耳を少し傾けることにした。
「最近魔王公団と呼ばれる魔族のテロリスト集団の動きが活発になっているようです。十分な警備体制をしているため学院が襲われるという事態はありえませんが、街中で魔導テロに遭遇することは十分に起こりえます。外出の時は普段より一層気を付けるようにしてください」
テロリストか。リーガル王国はもとより前世でも無縁だったから正直あまり危機感が湧かないんだよな。
こんな具合に聞き流しているうちに朝のホームルームは終わり、午前の授業が始まった。
「げっ、入学してすぐなのに小テストをやるのか」
担当教諭がいきなり小テストをすると伝えてき一般魔導教養Ⅱのクラスで、教室中からブーイングが上がる。
これまでどこまで理解できているのかを確かめるために小テストを実施するらしいが、ぶっちゃけこれには困った。シモノの記憶を探っても人族の拙い魔法体系しか知っていないし、俺は推薦入学なので一般入試を受けていない。
つまり、この学院の標準偏差を大きく下回る恐れがある。勉強不足の分際でこう言うのもなんだがビリは避けたい。
「なあアリス、お前はどうなんだよ?」
「勉強はあまり得意じゃないけれど、入学してすぐに教科書を端から端まで読んだから酷い点数を取ることはないと思うわ」
げっ、これは勉強できる人の喋り方だ。ま、まあ同じ人族の同士に裏切られたとはいえ、俺にはまだ作戦がある。
「なあエクセリオン、お前大賢者なんだろ。テスト中にこっそり答えを教えてくれよ。念話なら気づかれずにできるだろ」
「そんなみみっちいことできるか。テストっていうのは自分がどこまで到達できているか確かめて、今後の指針にするためにやるもんだ。情けねえこと言ってないで自力で勝負しろよマスター」
くっ、正論過ぎて言い返せない。
このまま俺はビリ確定なのか、と辺りを見回すと、右後ろの席に焦った表情で不安そうに辺りを見回すと金髪碧眼で線の細い美少年に目が留まる。
たしか名前はクロード・ブラッドだったか。俺は自分が『最強』になることに必死であまりクラスメートたちに関心を持っていなかったが、クロードには好感が持てた。
なにせ、
「よかった、俺以外にも勉強が苦手そうな人がいるじゃないか。なあ友達になろうぜクロード」
「な、なんだよ人族の分際で馴れ馴れしそうにっ!?」
笑顔で俺が手を差し伸べ続けていると、根負けしたようにクロードは手を握ってくれた。
どの種族かは知らないけど、こいつは間違いなく善人できっととびっきりいいやつだ。
仲間ができた俺は安心してテストを受けることができた。とはいえ、わからないことだらけで点数には不安があるけど。ちなみにアリスに手応えを聞いたところ、
「どうだったテストは?」
「まあまあっていったところかしら」
優等生の模範解答みたい返事だな。
俺としては異種族の進んだ魔法の知識は一切なくて基礎問題から解けない箇所が多かったが、応用問題の一部でじつは前世で習った数列が使えたので歯が立たなかったわけじゃない。
まあアリスよりは下だろうが、そこまで悲惨な目に遭わずに済みそうだ。
「ようクロード、お前はどうだった?」
「……さっぱりだよ。そっちは?」
「まあ、よくはないだろうな。基礎問題から解けない箇所が多かったし」
「ふ、ふーん。ま、まあキミには少し同情してあげるよ」
「ああ、勉強が苦手な者同士仲良くしような」
学院に入学して以来、初めてできた男友達に気をよくした俺はこの日はなるべくクロードと一緒に行動するようにした。
というのもクロードは、俺と違ってイケメンなのだ。体の線は同世代の男の子と比べても細く肉体労働には不向きのようだが、顔が小さくて綺麗で中性的な魅力に溢れている。男の俺でも思わずどきっとしてしまうほどだ。
えっ、そんなクロードと一緒に行動するとなにがいいかって? 一緒にいて引き立て役にされるだけ? ちっちっちっ、みんな考えが甘いぜ。
クロードは誰から見ても文句のつけのようのないイケメンだ。そんなクロードが俺の隣を歩いていると周りはどうすると思う?
あろうことか昨日は散々俺に悪口や嘲笑の眼差しを向けていた女子どもが完全に淑女の皮を被ってこっちを見ているんだ。
どうやらこの学院にいる女子は、俺の読み通りイケメンには淑女として見られたいようだ。俺の狙い通りの成果だ。
『つまりマスターはクロードを風除けとして使ってるっつーわけか。おいおい、さっき教室にいたときに見せた友情的なもんはどこに行ったんだ?』
それはそれ、これはこれだ。クロードのことは友達だと思ってるけど、俺の目的のために役立つならそこは協力してもらわないとな。
ということで、この日俺はクロードと一緒に行動することで学院に立ち込める俺の悪評をかなり抑えこんでいた。そんな調子で昼休みになると、俺は食堂であいつらに遭遇した。
「こんなところであんたに出くわすとは思っていなかったみたいな」
昨日、俺に裸にひん剥かれた獣人族の女の子たちがここで会ったが百年目といった表情を浮かべて俺を囲もうとしてくる。
「おいおい、いいのかよ。これだけ人がある場所で俺をいじめようとするなんて。学院の理念に反するんじゃねえのか?」
うっ!? とリーダー格の女の子を始め全員が怯んだのを俺は見逃さなかった。
「しかも、こっちにはイケメンがいるんだぜ。さあクロード、言ってやれ。お前は学友をいじめるような卑怯な女の子が好きなのかどうか」
「卑怯者は嫌いだよ。キミたちも種族の誇りがあるなら、まずは学院のルールを順守すべきだと思う」
クロードが指摘すると、獣人族の女の子たちの耳が一斉にしゅんと倒れる。
しめしめ、どうやらもう勝ったも同然のようだな!
「でも、シモノ君。僕は詳しくは知らないけど、キミがなにかをやったのが原因なんじゃないの?」
「お、おいクロード、なにを言ってるんだよっ!?」
「キミ、僕を風除けに使うつもりだったでしょ。そういうのはよくないと思うよ」
寒気のするような笑顔を浮かべるクロードを見て俺は確信する。
くっ、俺がなにをしようとしていたか気づいているようだな。
『マスターが悪いことをしようとするからだろ。マスターはさ、俺のような大賢者が一緒にいるっていうのに基本的にやることがみみっちいんだよ』
い、いまは雌伏の時だから派手なことをやってないだけだっ!?
『どうだかな。俺が見立てじゃマスターは案外小心者だから雌伏の時とやら過ぎても基本的にみみっちいままだと思うぞ。あんたが俺から見て予測不可能になるのは女神様関連の時だけだろ』
まさか。アレクシア様関連のときこそ、粗相を起こさないように常識人として振る舞っているじゃんか。
『えっ!? それ、本気で言ってんのかマスターっ!?』
当たり前のことを言ったのになんでエクセリオンは驚いているんだ?
まあ、いまはそんなことは置いておくとして目の前にトラブルを対応するか。
「おいおい、勘違いしてもらっちゃ困るぞクロード。お前を風除けとして利用する意図はあったが、友達になりたいっていうのは本気なんだからな」
「でも、風除けとして利用するつもりだったんだろ」
「まあそこを突かれると返す言葉がない。けどな、俺にだって事情があるんだよ。俺はこいつらから退学をするように圧力を受けて困っていたんだ」
「えっ!? そうなのっ!?」
「ああ。昨日はしかたなく身を守るために戦ったんだが、どうやらそのことを根に持たれちまったようなんだ」
「それは酷い話だね。なら僕を風除けするのも納得だよ」
よかった、俺の境遇に同情して許してくれたようだ。
「理解してもらえて助かるよ。でもまあ、あいつらもここまで来たらただじゃひき退がらないだろうし、ここは少し脅してみることにするよ」
それくらいなら、とクロードが頷いたのを確認して、俺は二三歩前に出て獣人族の女の子たちを睨めつけ、
「おいおいお前ら、今日はやけに強気なようだけど俺にちょっかいを出すことの意味がわかっているんだろうな。あまり調子に乗っているようだと――」
相手が思わずビビッてしまうような脅し文句を口にする。
「昨日みたいにお前らの衣服を一瞬で消し去って、この場で全裸にさせるぞこらっ!」
ひぃぃぃっ! とケモ耳少女たちから悲鳴が上がる。
ふぅ、完璧だ。これでもう二度と俺に手を出そうとは思わないだろう。
「キミがわるいっ!」
クロードが俺の頭にいきなりチョップをしてきた。な、なぜこんなことにっ!?
「な、なにするんだよっ!? 俺は平和的な解決を試みようとしているだけなのにっ!?」
「どこがだよっ!? 女の子を裸にする時点で平和的じゃないじゃないかっ!」
えっ、そうなのか。でも、学院内で魔法戦闘するよりずっと平和じゃね?
「マスター、この場合求められているのは誰も傷つかない解決策だろうが」
「でも、誰も傷つかないなんてそんな便利な方法が本当にあるのか? ここまできたらあとは潰し合いしかないんじゃないか?」
「それはたしかにそうだけど……」
視野狭窄に陥っていた俺たちを助けてくれたのはエクセリオンだった。
「あの集団のボスを狙うのはどうだ? 獣人族のグループは強い奴が率いるから、そいつに倒しちまえばあとはどうにでもなるぜ」
さすがエクセリオンだ、大賢者を名乗るだけあって頼りになるぜ。
実行していいよね、と確認のためにクロードを見ると、クロードは力なく頷いた。
相対的に犠牲が少ない分マシに思えただけかもしれないが、許可さえもらればこっちのものだ。
「へっ、お前らが退かねえっていうんならお前らのトップを裸にひん剥いてやるよ。おい、そこにいるやつを前に出しやがれ」
「なっ!? クオン様は関係ないみたいなっ!?」
俺は獣人族の女の子リーダーに隠れるようにしている、毛並みが黄色くて小柄でどこかおどおどしている狐人幼女を指名する。なぜクオン様と呼ばれる狐人幼女に標的を絞ったかというと、あの獣人族の女の子リーダーを含めた仲間全員から大事そうに扱われ、庇護される存在に見えたからだ。
「関係ないわけがないだろ。下っ端のお前らをちゃんと管理できないのは、群れのトップであるそいつの責任じゃねえか。おいおい、それともお前らのトップはビビッて前に出てこれない臆病者なのかよ」
「そ、そんなことは……な、ないし」
「ならいいじゃねえか。ほら、とっととやるぞ。なんださっきの勢いがなくなったようだけど、どうかしたのか」
獣人族とまともに殴り合っても勝てないから、俺は容赦なく口撃する。
じつは舌先三寸で戦っているだけで、このまま戦闘に突入するとたぶん俺はぼこぼこされるんだよね。
「おいマスター、こりゃ勝っても負けても敵を作るぞ」
「そうなるかもな。だが、いまはこの場を切り抜けることを優先するぞ」
勢いをなくした獣人族たちを俺がさらになじろうとした矢先、この騒動の場に割って入る人がいた。
「やめんかっ!」
一喝しながら俺たちの前に姿を現したのは、着物姿の獣人の少女だ。
えっ、この世界って和服があるのか。いや、そもそも学院なのに制服じゃなくていいのか?
色々とツッコミどころがあるが、昼休みの食堂には上級生もいる。それなのに誰もこの格好の件を指摘しないとなると、学院の規則すら凌駕する奇人か、または誰もが文句をつけられない実力者かのどちらかだ。
「我が同胞が失礼をしたな、わしは二年の風紀委員のカグヤ・アズマミヤ。見ての通り獣人族で少しだけ厄介な身分のものじゃ。クオンも同様でな、学院内で身分は関係ないという建前があるがどうしても見捨てられぬのじゃ」
一度目を合わせただけで、俺はカグヤ先輩が後者の側だと確信した。この場を支配する重圧とでもいうべきものが肌を通じひしひしと伝わってくる。万が一戦闘になれば俺なんて息つく暇もなく瞬殺されるだろう。
「はんっ、事情はわかったけどこの喧嘩はそっちが一方的に吹っかけてきたんだぜ。しかも昨日は攻性魔法で襲ってきたんだぜ。この落とし前はどうつけるつもりだ?」
周りからの軽蔑の視線にかまわず相手の弱みに付け込ませてもらう。
「おいマスター、あんた悪役みたいだぞ」
「いいじゃないか、悪役上等だろ。ここで退けば人族が侮られることに繋がりかねない」
そうしたらアレクシア様の使徒として申し訳が立たない。まあ結果として勝てば問題ないだろ。なんてたって今回の件、俺に正義があるからな。悪いことをしていないんだから堂々していればいい。
「トモエ、あの人族が言っていることは本当か?」
「う、うそだしっ!?」
ほう、あいつはトモエというのか。というか、視線が完全に左上のほうに泳いでいるぞ。
そのことを実力者であるカグヤ先輩は当然の如く見抜く。
「この場で嘘を吐いてもあとで調べればなにが本当でなにが嘘かはっきりするぞ。もう一度問う、あの人族が言っていることが本当か?」
「カ、カグヤ様、ち、違うし。あたしはクオン様のためを思ってあの人族と遠ざけようとしたみたいな」
「クオンのためを思うなら、もう少し言動に気を遣え。クオンが弱いものいじめを楽しむ悪の頭目のように映るではないか。この大馬鹿ものがっ!」
カグヤ先輩に拳骨を落とされ、トモエは痛そうにその場でうずくまる。そんなトモエに一瞥もくれずカグヤ先輩は俺たちもとに来て頭を下げた。
「すまなかったのじゃ、この件についてはあとでこいつらを締めあげて謝りに行かせるから許してほしいのじゃ」
「べつに先輩が謝るようなことじゃありませんよ。俺としても少しやりすぎた点があると思いますし、これで手打ちしましょう。名乗るのが遅れましたが、人族のシモノ・セカイです」
舐められずに済んだ以上、これ以上意地を張る必要はないから俺もなるべく礼儀正しく接することにした。
「うぬ、そういってもらえると助かる。この学院では人族はなにかと不便じゃろうから、なにか困ったことがあればわしを頼るとよいぞ」
「ははは、人族はわりと舐められますからね、その都度カグヤ先輩を頼っていたらきりがありませんよ。なるべく自力でなんとかします」
話がわかる人でよかった、と内心俺は安堵する。カグヤ先輩が問答無用でトモエの味方になっていたら、取り返しのつかないことになっていたかもしれないからだ。
「その……周りの者がご迷惑をおかけしました」
トモエたちの輪を割ってでてきたクオンが一目見るだけで育ちのよさがわかるような上品なお辞儀をしてきた。
さすがの俺もこんな見るからに善人相手を傷つけるような真似はできない。
「いや、これといって迷惑はかかっていないから気にする必要はない。それと場を鎮めるためとはいえ、あんたを標的にして悪かったな」
その後何度か言葉を交わした後、俺たちはなんのわだかまりもなく別れることになった。
去っていくクオンの後ろ姿を見て、クロードが首を傾げる。
「尻尾が九つもあるんだ。いったい何者なんだろうね?」
「なら九尾の妖狐なんじゃないか」
「なにそれ?」
「有名な話だろ。なんで知らないん……い、いや俺の勘違いだった。な、なんでもないっ!?」
なんとなくだが相手の種族の詳細を知っていたらまずいような気がしたので俺は慌てて誤魔化した。なんだかクオンって獣人族の中でも特別なような気がしたし、それをクロードが知らないんだもん。
表に出てこないように大事に育てられてきたなにかに触れるのはまずいと思ったんだ。
『それには俺も同意だな。マスターの知見が正解かどうかはわからないが知らないほうがいいことだと思うぜ』
だろ、さすがはエクセリオンだな。
やっぱり相談できる相手がいると助かるな。
「なんでもなくはないだろ、正体を知っているのなら教えてくれたっていいじゃないか?」
「い、いや、本当に勘違いだったんだっ!?」
クロードからの言及を躱しつつ、俺たちは昼飯を済ませて教室に戻る。午後の授業が始まる前、俺は隣の席で鞄から教科書を取り出しているアリスを見た。
「なあアリス、今日の放課後は空いているか?」
「一応訓練の予定があるけど、それがどうかしたの?」
「じつはアリスに大事な話があるんだ。今日の放課後は俺に付き合ってくれないか」
「えっ、だ、大事な話っ!? その大事な話って言っても、い、色々あると思うけど、たとえばその……どんな……?」
「お前にしか頼めない、とても大事な話だ。できれば二人っきりで会いたい」
「う、うん。それは、い、いいけどっ!?」
なぜかアリスが顔を赤くしていて、エクセリオンが無言で俺にじーっと視線を送っているような気がしたけど、俺はなにかしただろうか。
まあいいか。放課後はいよいよ【心眼】を習得するためのトレーニングの時間だ。
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