第三章 力の渇望
第11話 強者への一歩
どうやらアリスはいま以上の力を手に入れるために必死なようだな。
朝の澄んだ空気を肺いっぱいに吸い込みながら、俺は朝の日課をこなしていた。アリスは俺がどういうトレーニングを詰んでいるのか気になって何度かついてきたが、ファムさんとのクラス代表試合で戦うことが決まってからは一度もついてきていない。
詳しい事情を聞きだせていないが、アリスは王命を果たすことに努力していることは疑いようがないので、俺についてこないということは俺と同じトレーニングを詰んでいてはファムさんに勝てないと考えているということだろう。
いま以上の力といえば、煩悩魔法に頼りきりになるわけにはいかないんだよな。俺はアリスみたいに第二魔法を使えないからどうにか別の方法を考えないと。
日課になっている朝のランニングをしながら、俺は肩のあたりを飛んでいるエクセリオンにそのことを相談してみた。
「だけどマスター、いまのあんたには煩悩魔法以外切り札がないぜ。煩悩魔法に頼りきりにならないにするっていうのは賛成だがなにか考えがあるのか?」
「ああ、師匠の当てはないけど剣がいいと思う」
「ほう、剣か。もしかして前世でなにか心得ぐらいは学んでいたりするのか?」
「いちおう剣道部だったけどほとんど役に立たないだろうな。人を倒すための術じゃなくて、あくまでスポーツとしての剣だったから」
「んっ? だったらなんで剣がいいと思うんだよ?」
「なにを言ってるんだよエクセリオン、お前が最高の剣だからに決まってるだろ」
「そ、そういうことを何の前触れもなく真顔で言うなよなっ!? お、驚くじゃねえかっ!?」
アレクシア様から遣わされたサポーターが剣に変身できるんだ。女神から遣わされた以上、最強の剣であることは疑いようがないのになにを驚いているんだ?
煩悩魔法について相談するのはサポーターであるエクセリオンが最適であることは疑いようがない。ならあと俺に必要になるのは、実戦的な魔法を磨くための格上の稽古相手だ。
とはいえ、最弱主として見下される人族と実戦稽古をしてくれる相手なんているわけがないんだよな。稽古相手になにかしらのメリットがなければ稽古は成立しない。
他にはお金を積んで家庭教師を雇う手を考えたが、人族が見下される以上足元を見てふっかけられるのが関の山だろうし、優秀な実力者に相応の依頼料を支払い続けられるほど俺の懐事情は明るくない。
ちなみに七種族学院での俺とアリスの生活資金は、リーガル王国が負担してくれている。リーガル王国は人族の生存圏における覇権国家で、人族の未来を本気で案じてくれている優しい国家だ。国王陛下たちの想いに応えるためにも、やはり稽古相手は必要だろう。
だから、どうにか相手ができるまでは自分にできることしないとな。
そんなことを考えながら俺は学院の敷地にある修練場ではなく、学院の裏手にある山野を登ったところにある、開けた場所に向かう。
ランニングの途中で見つけた本当にただ開けた場所であるため、その辺に大きな岩や朽ちた樹木が転がっていたりするが、人がこないという点のメリットで全てが帳消しの場所だ。
よし、ここでなら人目を気にせず剣を振るえるぞ。
エクセリオンを剣に変化させ、俺がその場所に辿り着いた俺はふと足を止めた。なぜなら俺の視線の先には、先客がいたからだ。
あれはアストレアさん、か。
開けた場所では、俺より先にアストレアさんが型の稽古をしていた。何度か同じ型を繰り返しては納得がいかないというように首を振り、さらに同じ型で剣を振るう。全てが調和し、完全に一つ繋がりの生物に見えたところで、アストレアさんはまた新しい型を試していく。
なるほど、これが剣の修行か。だとすれば俺がやろうとしていたことはまやかしだな。
本物の剣術を見た俺は恥じ入り、アストレアさんの邪魔にならないように来た道をそのまま引き返そうとしたときだ。
「振らないの?」
一連の動作を止めて、アストレアさんがこちらに視線を送ってきた。きちんとお詫びをするために俺はアストレアのもとに近づいていく。
「わるいな、邪魔をするつもりはなかったんだが」
「気にしてはいない。むしろこの場所をわたし以外に使おうとする人がいて意外だった」
「じつは事情があって学院の施設はあまり使いたくないんだ」
「それはわたしも同じ。剣を振るう姿をあまり人に見せたくはなかった。かといって刃を合わせる相手がいないのは不便。あなたも剣を嗜むのであれば一度刃を合わさせてほしい」
「そんなことを言われてもな、俺は今日から剣の鍛錬を始めるんだぞ。俺だと弱すぎて勝負にならないと思うんだが」
「かまわない。学びの種はどこにでも落ちている」
すごすぎるだろ、言ってることが達観しすぎてて武の達人クラスじゃんか。
せっかくなので俺は厚意に甘えて一度刃を合わせさせてもらうことにする。
エクセリオンが嵌った剣を中段に構えて俺はアストレアの出方を待つ。今日は勝つことが目的じゃなく、いまの自分に足りないものを体感したいので後の先を狙うことにした。
結果は惨敗。修行風景を見る限り、俺はアストレアの動きを目で追えると思っていたんだが、遠くから見るのと実際に体を動かして対処するのでは感じる速さがまるで違う。何度か手を合わせたんだが、まるで宙を舞うことを前提に作られた動きに徹底して距離感を崩されてしまって、俺は有効打を一度も浴びせられなかった。
最後に手合わせしたときは読み勝ちして、俺を仕留めにきたアストレアにここぞというタイミングでカウンターを放ったんだが、それすら躱されてしまった。他はともかく、あの一撃が躱されたのは納得できないんだが。
「すごい、剣術の考え方が根本的に違う。面白い」
休憩中に息を切らしてしゃがみ込む俺の前で、アストレアさんはとても機嫌よさそうにしている。これがいまの俺とアストレアさんの差だ。
「ごめん、怖がらせた?」
「いや、これくらいじゃ問題ねえよ。それにしてもわかってはいたけどアストレアさんは強いな」
「アストレアでいい。さんはいらない」
「わかったよアストレア。それで質問があるんだが、第二魔法起源ってどうやれば至れるか知っているか?」
いちおうアリスに訊いたんだけど、いつの間にか使えるようになったらしく詳しい覚醒条件はよくわかっていないらしい。そもそも人族で第二魔法を発現できるのは稀なので、あまり解明が進んでいないそうだ。
「第二魔法起源に至る条件は、自らの魔法の根源を突き詰めること。魔法の根源とは自分の欲求のこと。自分が何かしたいという根源を突き詰めて形にしていくことで第二魔法起源に至ることができる」
天使族は人族よりずっと進んでいるらしくあっさり教えてもらえた。
欲求か。あれ、でもヘンじゃねえか? 俺の煩悩魔法は欲求を形にする魔法なんだが……。いや、だからこその根源か。でも、俺の欲求の根源ってどれなんだ? 彼女を作りたいし、女の子の裸を見て見たいし、それからそれから……くっ、どうすればいい、煩悩が多すぎてどれが俺の欲求の根源か理解できないぞ。
「はあー、こんな性欲の塊みたいなやつがマスターとは俺も落ちぶれたもんだぜ」
「う、うるさいぞエクセリオンっ!? 勝手に人の心を読むんじゃないっ!?」
とりあえずは第二魔法起源に至って覚醒する方法がわかっただけでもよしとするか。
「なあアストレア、悪いんだがこれから少し俺との稽古に付き合ってくれないか? 具体的に言うとクラス代表試合の前日までは一緒に稽古をさせて助かるんだが」
「かまわない」
「えっ、いいのか。助かるよ」
「でも、あなたにはあまり実りがないと思う」
「どうしてそう思うんだ?」
「あなたの身体はすでに限界まで鍛え上げられている。いまさらただの剣術に磨きをかけても高みに辿り着くのは難しい。これ以上大きな変化を求めるのであれば純粋な剣術ではなく魔法剣術を磨くしかない」
魔法剣術、つまりは剣術に魔法を取り入れろってことか。今日は前世での剣道をベースに戦っていたけど、この世界に対応した戦い方になっていなかったのかもしれないな。
いや、待てよ。魔法の使用を前提にした剣術が存在するなら、アストレアが最後に俺のカウンターを躱せた理由ももしかしたら魔法によるものなのか?
相手の魔法について詳しく尋ねないのがマナーだが、俺はダメもとで訊いてみる。
「なあアストレア、俺の最後の一合、あれは確実に決まったと思ったんだけどどうやって避けたんだ?」
「【心眼】」
「なんだよそれは?」
「肉眼では見えないものを視る魔法。人族で扱える者はいない」
視えないものを見るって未来予知か? いや、透視とかで筋肉の微細な動きを見るとか、そういうニュアンスもあるか。だが、いずれにしてもこれだけははっきりとわかることがある。
「それってチートじゃねえかっ!?」
「なにがズルなの?」
「い、いや、なんでもないんだ。忘れてくれ」
この世界じゃ魔法剣術が普通なんだ。厳密に言えば人族以外の種族では、とつけるべきだが。とはいえそんなスーパーガールと戦って俺が勝てるわけもない。
でも、いいことを教えてもらったぜ。
これでなにをすればわかったから、俺はもっと強くなることができる。
そろそろ帰寮して汗を流さないと学院の授業に間に合わなくなるので、俺はアストレアに礼を言って下山することにした。アストレアはその気になれば空を飛んで帰れるらしいのでまだ残って稽古をしていくらしい。
「なあマスター、妙ににやついているようだがどうしたんだ? さっきアストレア嬢からわりと絶望的な事実を聞かされたと思うんだがついに壊れちまったのか?」
これから俺が何をするかまったくわかっていないエクセリオンが俺を心配してくる。
というのもエクセリオンは煩悩魔法という俺の独自魔法を疑っている節があり信じてくれていないのだ。いくら女神からの天啓とはいえ、エッチな妄想をすると魔法が使えるようになるなんてあり得ないだろ、というのが持論のようだ。
「まさか。あれだけ役に立つ情報をもらったのに俺が壊れたりするわけないだろ」
「なら、どうするつもりなんだよ?」
おやおや、大賢者ともあろうエクセリオン先生が、俺にそんなことを訊いちゃいますか。ふっふっふっ、ふっふっふっ。なんていう得意げなモノローグが入りそうな表情を浮かべた後、俺は自信満々に胸を張ってこたえる。
「決まってるだろ。俺の力で【心眼】を習得するんだ!」
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