メロンクリームソーダ

euReka

メロンクリームソーダ

 合宿所の狭い廊下だ。

 邪魔な感じで椅子を置いて座っている女がいたので、私は体を壁にはわせるように歩いた。

 でも結局、足がぶつかって椅子の脚が壊れ、女は後ろに転げる瞬間に悲鳴を上げた。

「あんた何なの! 頭ガンって思い切りぶつけちゃって! あーいったー、さいあく……」

「ご、ごめんなさい。全然悪気はなくて、椅子が壊れるなんて想像も……」

 そう釈明しながら、倒れた女の体を起こそうとすると、女は急に私の体に抱き着いてきた。

「悪いと思っているなら、あたしの言うこと聞いてくれる?」

「えっ、あ、ちょっと、離してくれよ。何これ」

「今から、あたしとデートして欲しいの」

 合宿所では、みんなカップルができていて、朝から晩までいちゃいちゃで、相手がいないのは私ぐらいだった。

「ちょうどあたしも相手がいないから、あたしたち、お似合いのカップルじゃない?」

 彼女はとても嫌な感じの女で、全く恋愛対象にはならないのだけど、私にも女性とデートをしてみたい気持ちはあった。

「これからちょっと支度してくるから、合宿所の裏で待っててね」


 十分ほど待っていると、軽く手を振りながら女が現れた。

 女は、さっきまで結んでいた髪をおろした姿で、近づくと香水の匂いがした。

「休憩時間はあと一時間しかないから、早く行くわよ」


 合宿所から五〇〇メートルほど離れた場所には古びた小さな街があり、時代遅れの飲食店や遊技場がいくつかあった。

 街に入って最初に見つけた喫茶店に二人で入り、テーブル席に座ると、白髪の老婆がゆっくりと近づいてきて、テーブルにお冷のコップを置いた。

「メロンクリームソーダを二つお願いします」

 女は私の希望も聞かず、勝手にそう注文した。

 老婆はゆっくり頷きながら微笑むと、近くの椅子に腰かけてしばらく体を休め、五分ぐらい後にようやく立ち上がった。

 注文をしてから三十分しても音沙汰がなく、私たちの休憩時間も終わりに近づいていたから、テーブルに代金だけ置いて店を出た。

「この店のクリームソーダって、まだ一度も飲んだことがないのよね」

 私は、二人分の代金まで払わされて、この女も、デートも最悪だなと思った。

「でも、誰かと一緒なら、注文したクリームソーダが出てこなくても、冗談みたいに笑えるかもしれないじゃない。あなたを誘った理由はそれだけ」

 休憩時間は、もう何分も過ぎていた。

「合宿所に戻ったら、規則違反の拷問が二人に待ってるね」

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